今日、御代替り御祝儀として、六半時、御供揃に而御登営に付、式
日の通り出、御懸御目見あり、但布衣以上は熨斗目麻、半布衣以下
は服紗半を着せり、
○局中無事、
○西国へ 御直書の案文を草し、執政藤田氏へ示しけるに、案文の
通に而、可然とて藤田氏より封事へそへて奉りぬ、
○八時過、被為召御案文の事、御議論被為在、薩州、鍋島、細川三
諸侯へ可被遣との御事なり、但讃岐へも可被遣哉と思召けれども、
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讃州は近頃文姫君の新葬にて、許多の財用を費され、ことに文姫の
君逝去し給ふ上は、その御付の宮女、皆讃州より扶持給ふよし、文
姫君の霊屋をも讃州の費用にて造らせらるゝよしなれば、かた/\
乞糴の事抔此節讃州へは、被遣かたきと仰ありき、其外御三家、御
三卿にて御扱方の事数件、高論拝聴して退出、
○帰途石川蔵を訪ふ 此の日跡部氏来る、
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文姫。徳川家
斉の16女
1809-1837
高松藩主・松
平頼胤に嫁ぐ
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