登殿、是日 君上芝御予参あれども、御国へ発書の日故、局中は総
て出仕す、奥右筆交代にて、登りたるものは、御清閑に一度謁見を
ゆるし玉はゞ、当人の励みにもなるべき旨、兼て申上たるに、大関
幸之進、近々水戸へ下り候に付、これは交代にはあらざれども、一
同に被為召度旨、封事を上らむと草稿認めて、ふところにし、出仕
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したれども、この日は峰寿院夫人表へならせられ、 儲君の御幟御
覧ぜらるべきとの御事、昼過は戸を閉べき旨、監察府より申こせし
かば、同局のもの召せられんにも、折悪ければ、封事を呈する事は
思ひやみて有けるに、 上公御予参より御帰るさ遽に局中へならせ
られ、先手物頭仰付らるべき人物抔、御議論あらせられ、交代の者
へも御懇に仰ありて、近々召されられて、議論をも御聞可被遊との
御事ゆゑ、兼て申上ける事の御心にとゝめさせらるゝ御事と、心中
に難有奉存ぬ、
○戸田氏を訪ひ、同じく、菊池奎斎の病を訪ひ、日本橋辺徘徊して
帰る、この夜遠山龍介来る、
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峰姫。文恭院
(第11代将
軍徳川家斉)
の息女、水戸
斉昭の養母
世継ぎ
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