Я[大塩の乱 資料館]Я
2012.4.1

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「大塩の乱関係論文集」目次


「大塩平八郎」

鬼雄外史 1899

『偉人百話−壮士必読−』いろは書房・盛陽堂 所収

◇禁転載◇

大塩平八郎−両雄の初対面管理人註
   

世に英雄の初対面も多しと雖ども、而かも未で近藤重蔵と、大塩 平八郎との初対面の如く、凄然たる光景あるものを聞かざるなり、 平八郎大坂町奉行組与力たりし時、大坂弓奉行近藤重蔵の英名を 聞き、一夜之を訪ふ、頓て一人の老僕出で来りて。一書院に案内 を、平八郎、乃ち座に着いて之を待つや久し、然るに主人重蔵は 何他へ行きけん、待てど呉らせど、更らに出で来らず、又其の眩 声だに聞えず、燭涙は堆をなして、更漸く関なり、 平八郎は予てより重蔵の傲慢なる、其の人を軽蔑することを聞知 せるを以て、敢て深くも異まざりしが、去りとては、余りの待遠 しさに腹立たしく、扨てこそ聞きしに優る無体の曲者なり、と独 語しつゝ、不図四辺を見廻せば、床の間に安置する百目銃は、是 れ確しかに主人の愛蔵、製作も頗ぶる美にして、銃身、亦爛とし て灯火と相ひ映じ、硝薬、亦備はりて傍らにあり、 平八郎、斜眼に之を見、莞爾として笑みを含み、這は時に取りて の好器械よそあれ、イデヤ彼れ傲慢者の荒肝を挫き呉れんぞ、と 彼の百目銃を取りて、硝薬を装ひ、火蓋を切りて、轟然放てば、 室内のことゝて、反響に反響し、迅雷の落下せるが如く、屋壁震 動し、硝烟室内に充満し、転だ凄然たるものあるに、此時、主人 重蔵、静かに襖押開かせ、左手に烟草盆を提げ、右手に烟管を執 り、悠然入り来りて、座に着きて曰く、「是れは御客人には、一 発の御手並、感心せり、」と、茲に初対面相見の礼畢りて、重蔵 は直ちに酒抔を喚ぶ、 既にして重蔵、又殊更らに平八郎の坐側に、一鍋を安置して、賞 味を乞ふ、平八郎は、何心なく其の鍋の蓋を撤すれば、這は抑も 如何に、一個の鼈、蠢々として鍋底に蠕動す、常人なれば喫驚す べきに、流石は平八郎、少しも驚ける気色なく、呵々と打ち笑ひ、 「是れは好下物、遠慮なく頂戴仕らん、」と小柄を抜き取りて、 其の鼈の首を掻き切り、血を啜りつゝ痛領すれば、流石の重蔵も、 其の気肝にや服しけん、 是れより互ひに相往来して、交情極めて親密なりといふ、 時に平八郎は、二十有六歳の壮雄、重蔵は四十有九の老雄なり、 嗚呼、此の如き、凄然なる初対面、社会亦何れにかあらん、世亦 絶えて聞かざる所なり。









頓(やが)て




































畢(おわ)りて







鼈(すっぽん)
蠢々(しゅんしゅん)
蠕動(ぜんどう)
喫驚(きっきょう)

好下物
(こうかぶつ)
 


 適宜読点、改行を加えています。


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