Я[大塩の乱 資料館]Я
2002.4.13

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大塩の乱関係論文集目次


『法制史の研究』(抄)

三浦周行(1871-1931、みうらひろゆき)

岩波書店 1919


第二十九 縁坐法論


二 縁坐法改廃論

其後の修正議

 これに刺戟せられて忠房は再び本問題を解決せんことを図り、聖謨の来訪を受けし後数日、評定所に登庁して再議を求めたり。遊芸園随筆。これ実に文政九年の事なりとす。御仕置例類集茶表紙後集一七に拠る、新張紙留意に収むる文政九年八月二十五日の相談書には、「去酉年中寄々御相談之上、当二月十二目御仕置御改革之儀申上侯」とあり。

 是時評定所は、寛保三年江戸町奉行石河土佐守 政朝 より老中本多中務大輔 忠真 に達せる上申書に、死罪、遠島囚の子の処刑に就きては別に規定なきも、前々の例に准拠し来れる旨記されたるを見て、全く徳川氏以前の余風を踏襲せるものなることを知り、当時刑法の前には僧俗男女の別なきに、此縁坐法が女子、僧侶、及び他家の養子となれるものを問はざるが如きも、これが為めなるべく、頗る時宣に適せざるものなりとし、自後幕府に対する重大なる犯人と、主人若しくは親を殺せるものヽ子の為めにのみ此縁坐法を存し、死罪、遠島囚及び叛逆人の子と雖ども、父の後を継がず、他家に仕ふるものゝ如きは、亦罪を問はざることヽすべ しと議決し、老中松平和泉守 乗寛 に具申したりしが、老中より逐つて命令する迄は、従来の通と心得べしと の指令あり。其後四年を経て天保元年、評定所は又同事に就きて老中に上申し、脇坂中務大輔 安董 亦寺社奉 行として老中水野出羽守 忠成 に献議するところありしも、皆事重大なりとて敢て裁決を下さヾりしなり。御仕置例類集茶表紙後集一七、遊芸園随筆。

 然るに江戸町奉行榊原主計頭 忠之 は、父の犯罪に就きて情を知らざる子を刑に処するは穏当にあらずとなし、老中に向つて意見書を呈せり。其要点は、子にして父の罪に坐すべくは、十五歳未満の時親類預けとするも、十六歳となるを待つて処刑せられざるべからざるに、出家を願ひ出づれば、これを許して其罪を問はざるは、全く幼と老とを罪せざるの意に出づベし。果して然らんには、父子の間と雖ども、情を知らざるものは幼年者と撰ぶところなからん。これ恐らく戦国時代の前例なるべく、支那に於てもこれなき如くなれば、死罪囚の子は遠島より一等を減じて改易となし、軽重追放に処すれぽ、永く仁恵に浴せんといふにあり。依つて天保十三年四月、老中水野越前守 忠邦 は評定所に下して審議せしめ、七月評定所は大略次の如く答申せり。

而かも此町奉行及び評定所の熱心なる修正意見も、老中の決裁を得ること能はざりしと見え、天保十五年以来、遠島刑囚の子にして父の罪に坐して中追放を申渡し、十五歳迄親類に預け置くべしとの判決をしたされしもの多し。御仕置例類集茶表紙後集一七

三 概括的批判

縁坐法維持の理由

 此くの如く父子縁坐法の戦国乱世の余風にして、時宜に適せざる不條埋の法たると認めながら、幾度か審議を重ねて尚ほ改廃の明断に出でざりしは、(第一)幕府の当局者が一般に御定書を玉科玉條として、これを改むるを余りに重大視したるに依るべしとはいへ、此法の保存すべき理由をも認めたりしなり。即ち(第二)世は静平に帰すと雖ども、武家の特色たる武断的制裁はもとよりこれを捨つべくもあらず。されば此法の如きも、重罪犯人が一身の極刑に処せらるゝ外、其子も亦これに坐して厳刑に処せらるヽを示して、世の犯罪を防止せんとせる脅嚇主義に基くこと、前に説けるが如くなるのみならず、(第三)武士は社会の儀表たるべきものなるを以て、同一の犯罪に対しても、荊罰は町人百姓のそれよりも重くするを原則としたれぽ、此法の如き町人百姓に適用せざるものも、武士には尚ほこれを適用せり。これ一は(第四)重罪犯人の子が将来成長後恐るべきものあるを思ひ、予め其余撃と絶ち、犯罪を防遏するの用意にも出でしなり。天保九年八月、大塩平八郎の子弓太郎に対する荊の適用に関し、評定所の議決 評議 に於て、

といへるは正しく此思想を表示せるもの、彼頼朝が義経の妾静の生める子の男子なりし場合には、これを殺すべき理由として、「於為男子、今雖在繦褓内、争不怖畏将来哉、未熱時断命條可宜」といへると同意に出づ。(第五)此縁坐法の適用を以て人才登庸の途を開く手段と看倣すものあり。前記遊芸園随筆に、川路聖謨が寛政天保の頃寺社奉行吟味物調役として刑法に通暁せる久須美六郎左衛門と、父子縁坐法の当否 を討論せしことを叙したる後、同人 ○久須美 の説は、父の科に依りて御旗本の家も潰れ、又一方には御取立者の御加増を賜ふ事あり、夫にて丁度経済の平均に至るものと云べし、あまり有がたき世禄の御代なれば、斯る増減なくては人材を登 用するの途なしと云り、是又一論なれば記しぬ、 といへり。こは余りに矯激の言にして、もとより通論にあらず。


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