つと
大塩後素、夙に大志あり、常に云ふ、余、小官なりとも、一たび
あずか ねがひ
出て、天下の大政に与ることを得ば、吾生涯の願足らんと、或時
林大学頭の家宰、大坂に来りて金を仮ることありしに、或人、こ
いは
れを後素に告げて云く、祭酒は大府の儒官にて、常に人才をも推
いらい
薦するよしなれば、此度を幸いに金を仮し、密に素願の趣を倚頼
すべしと、後素、喜んでこれに従ふ、是は彼の家宰より祭酒に請
託して、勘定所の勘定に挙げらるゝやうとのことなるよし、然る
よう
に家宰、東帰の後、杳として一信なし、これを促せども尚その報
を得ず、後素、堪かねて自ら江戸に下り、親しく家宰に就て、こ
つい
れを催促したれども、竟に其事成らずして、空しく帰坂す、然る
こえ ていいう
に、僅に年を踰て、丁酉の乱あり、
因て思ふに、此ことは全く家宰の承諾までにて、祭酒は初より知
か
らざること歟、又は祭酒もこれを知て推めたれども、其機熟せず
ふた
して、事成らざりし歟、両つの内に必ず其咎の帰する所あらんと、
此説は余り世人の伝へざることなり、
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