Я[大塩の乱 資料館]Я
1999.10.11
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大塩の乱関係論文集目次


四 十 七 士 ― 大 塩 中 斎

高須芳次郎編著(1880-1948)

『日本名文鑑賞 −漢詩・漢文−』 厚生閣 1936 所収

         

臥薪嘗胆幾辛酸 
一夜剣光映雪寒
四十七碑猶護主
凛然冷殺奸臣肝 

四 十 七 士 ― 大 塩 中 斎

   

【訓読】

臥薪嘗胆幾辛酸(がしんしょうたん いくしんさん)。 一夜剣光(けんくわう)雪に映じて寒し。 四十七碑猶(な)ほ主を護(まも)る。 凛然(りんぜん)冷殺(れいさつ)す奸臣の肝。

【註解】

○臥薪嘗胆 薪を重ねて其の中に寝ね、部屋に胆を吊してそれを嘗めて仇を忘れぬやうに苦心すること。越王勾踐の故事である。

辛酸 つらく悲しい思ひ。

凛然 身がひきしまる形容。

冷殺 嘲笑する。ヒンヤリさせる。

奸臣 表面は勿論吉良上野のことであるが、実は作者の気持として当時の権姦にあててある。

【解説】

陽明学徒大塩平八郎が、当時特権を利用して大衆の不利を謀る連中の目ざめを促すべく、蹶起して時代の犠牲となつたのは余りに有名である。この詩は、彼が赤穂浪士の美挙を詠じたものだが、他と一風変つてゐる。

【大意】

赤穂浪士の一団は、主君の恨を雪ぐために、薪に臥し胆を嘗めるといつた言葉に及ばない程の苦心を経、やつと元禄十四年十二月十四日の夜、吉良邸に打入り、折から降る雪に剣の光を寒く光らせしつゝ本望を達した。その上、今でも泉岳寺の境内に主君を取巻いて四十七士の墓が死後も猶ほ主家を守護してゐるのである。実に日本人の亀鑑であり、その精神は単に吉良上野のみならず、何時の世の奸臣の肝をも冷させるに十分である。

【鑑賞】

結句「凛然冷殺す奸臣の肝」とあるは、いかにも、平八郎らしい。大抵、義士を詠じた詩は、その忠勇を賞揚することにおいて一致するが、奸臣の肝をひやすといつたやうなところに言及してをらぬ。そこに、平八郎の鋭い気象が出てゐるではないか。蓋し平八郎が、この詩を作つた所以は、一つは、当時の武士階級、殊に大阪の市政に当る役人らの行動が不公平で、私的精神に囚はれてゐるのを慨き、それとなく、彼等を諷じようとしたのではなかつたか。いづれにしても正義感に極めて強く、不正を忌むこと、蛇蝎のやうだつた平八郎にして、はじめてこの結句にある如く、喝破し得るのであらうと思ふ。そこに他の同一題目の詩に見られない痛快味がある。


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