山口蚓東
『陽明学 第18号』 陽明学会 1910.4 所収
大塩平八郎とは 文学士幸田成友氏の新著(本年一月元旦発兌)なり、余予て大塩中斎子を知んとするものなり、頃日 一書肆の店頭本書の飾られあるを認め 一本を購ひ帰りて勿卒一読過せり、余素と固陋寡聞これを評論するの資格を有するものに非す、只卒読の際に於ける所感を記し、以て未だ之を手にせざるの士をして其梗概を知らしめ、且つ此卑見に対する大方諸賢の是正を乞はんと欲し 之を貴誌に寄す、若し掲載の栄を得ぱ望外の幸なり。
本書は菊判四百余頁、巻頭中斎真蹟二及ぴ施行銀引札のコロタイプ版を掲げ、又大塩焼及ぴ大塩父子の隠家美吉屋五郎兵衛宅の二図を挿入したる洋装書にして、紙質良好 印刷鮮明 特に誤植極めて稀有なるは喜ぶべしとなす、(東京市本郷一丁目 東亜堂出版 定価一円五十銭)全篇諸論の外、与力学者、乱魁の三章に分ち、附録及ぴ余説を附し、引用書目は特に之を列記しあらざるも、文中散見する処に依れぱ概ね左の諸書を参考せられたるものゝ如く、将に親しく実地を踏査し、故老に問ひ、考証該博断するに公平無私明哲なる頭脳を以てせらる、名著と謂つべし、自序中 次の言に見るも亦其労の尠なからざるを知るに足る、曰く、著者久しく大阪に在り、旧記を捜り故老を訪ひ 茲に本書を公にするは 史料に募集に於て 敢て前人に一歩を羸得たりと信ずる所あればなりと、惜むらくは只中斎子其人物の如何に就て評論断定を下されざるの事にあり。
方今 世人中斎子を評して称揚措かず、余亦これに私淑するものなれど、悲哉 未だ左の諸点に就て疑団解けず、冀くは先覚諸賢幸に誨ゆる所あれ。
一、 | 聖賢の教を奉じ 人の師伝たるの身を以て 正妻を有せず妾を蓄へたる事 |
二、 | 事を挙ぐるに際し 火を民家に放ち無辜の民衆をして塗炭の災厄に罹らしめたること |
三、 | 一大決心を以て事を挙げ 而かも多年訓育教養せし所の腹心の士二十余名を二有しながら 一敗地に塗れ 更に収拾する処なく 特に其終を潔せしもの絶無なりし事 |
四、 | 敗余身を以て遁れ 而かも一市人の家を強制し 父子の生命を一日長からしめんが為め 累を人に及ぼせしが如き最も解せざる処とす |
要するに 公吏としての手腕、公明正大の精神 及ぴ学問上に於ける卓見、教育の効果に於ては敬服措く能はざる処なるも、独り挙兵の一事 特に爾後処身の方法心事に至ては疑はざらんと欲するも万止むべからぎる所以なり。
参考書と認めらるべきもの 一 塩逆述 附録共 十四冊 一 塩賊騒乱記 五冊 一 浪花筆記 一名天満水滸伝 十二冊 一 咬菜秘記 坂本鉉之助著 一 浪華緑林 伴信友編 一 洗心洞詩文 一 洗心洞箚記 附録抄共 一 洗心洞箚記附録 神宮文庫所蔵 一 洗心洞箚記抄録 写本 一 洗心洞実録 一 洗心洞余瀝 門人匹田竹翁著 一 奉納書籍聚跋 一 大阪袖鏡(武鑑)天保八年刊行 一 甲子夜話 一 丙午雑記 向山誠斎著 一 邪宗門一件書留 一 実録彙編 一 洛水一滴抄 一 椎のみ筆 一 東湖随筆 一 評定所一座の大阪市中放火及乱妨暴か候一件吟味伺書 一 異変の砌玉造組与力同心働前御吟味付明細書取 一 王造組与力同心働前明細書取 前書と同一物乎 一 大慶直胤の私信 其他騒乱に関する沙汰書、触書、届け書、吟味書乃至裁許状等の公文書、 在大阪公私の人々より私信として夫々ヘ発送したる見聞書、風説書類等 一 名家談叢 一 史談会速記録 一 反省雑誌 一 大日本教育史料 一 日本陽明学派の哲学 井上哲次郎著
(以下略)
幸田成友『大塩平八郎』目次