Я[大塩の乱 資料館]Я
2001.4.28訂正
2001.4.9

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大塩の乱関係論文集目次


「青 天 霹 靂 史 を 読 む」

『読売新聞』1887.9.16 より

◇禁転載◇


読点、改行を適宜入れています。

読売新聞 明治二十年九月十六日

 ◎青天霹靂史を読む

島本仲道氏の著 青天霹靂史なるもの世に出でゝ、大塩平八郎の事、又々世間の注意を牽くに至れり、

抑も、島本仲道氏が、青天霹靂史なる一小冊子を著されたる真意は、果して何れにあるか、余輩之を詳かにせず然れども大塩平八郎の実伝を世人に識らしめんといふ為のみにてハ無し、青天の霹靂なる大坂暴動事件の顛末を詳密に捜索し、之を後世に伝へんが為のみにハあらず、故に世間の人、この書を賞揚するや、別に思ふ所ありて之を賞揚し、之を排斥するや、亦別に思ふ所ありて之を排斥す、

余輩も亦、この書を読、其真意の在る所に就て多少感覚を起さゝるにあらずと雖も、暫らく之に依りてこの書を褒貶することを止め、この書の助けを仮りて、大塩平八郎の人と為りを講窮せん、

凡そ何れの世、何れの時を問はず、正統論者と不正統論者とハ必らず存する者なり、然而して時の実政府 (defacto government) に刃向ひたる者の行状思想を観察せんと欲するに当り、この正統論者の議論を標準とする時は、如何なる聖賢と雖も非難せざるを得ず、

蓋し正統論者の眼中にハ、啻に政府あるのみ、法律あるのみ、政令の外に徳義なしと思ふハ、正統論者の恒なれバなり、正統論者は、殆ど法律の範囲と道徳の範囲とを同一視するものなればなり、故に太宰春台に遭てハ、大石以下の面々も、其名誉を全うするを得ず、東京日々新聞の記者の眼より見れバ、大塩平八郎は固より乱民ならざるを得ざるべし、

吾人若し人を評せんと欲せバ、須らく吾人の眼を大にすべし、違法合法の議論を為すを止め、智徳を標準として判定せざる可からず、たとへ法律に違ひ、政府に反せるの跡あるも、其人、果して智徳学識兼備の人ならバ、之を賞揚するも差支へ無かる可き歟、

尤も其人にして現世の人なるに於てハ、大に参酌を要す、如何なる智徳学識ある人と雖も、現在に於て法律を破りたる時には、之を賞揚す可からず、之を賞揚する時は、法律の効力薄くなりて、社会の秩序為に乱る可けれバなり、

然れども、若し其人にして歴史中の人ならしめバ、何んぞ懸念するを要せんや、宜しく区々たる法律の範囲を離れ、其人の智徳学識を標準として、自由に判定を下して可なり、果して然らば、大塩氏は如何なる人ぞや、忠君愛民の志ざし厚き人なること、霹靂史の著者の言の如くなるべし、青天霹靂史は、固より小冊子にして、且其目的専ら大坂一揆の顛末を述ぶるにあれバ、之に依りて大塩氏の人と為りを悉す能はずと雖も、大塩が忠君愛民の志し厚かりしことハ、其檄文なるものを見ても明らかなり、

其中に曰く

右に拠りて観れバ、大塩平八郎ハ、実に尊王家の一人にして、所謂大坂の一揆の如きも、其近因こそ饑饉なる可く奉行との軋轢なるべしと雖も、其大原因は、平生修むる所の学問によりて養生したる、尊王賎覇の主義なること多弁を要せず、大塩は固より徳川政府の乱民なるに相違なしと雖も、勤王無二の精神を有したる人なること、推測するに難からず

大塩平八郎の愛民の心切なりしことハ、暴動其事に就て明瞭に察するを得べし、愛民の人なりしのみならず、殆んど民権を重んじたる人なりしことハ、青天霹靂史中に掲げたる自作の詩賦を読むも明かなり、野に餓ありし天保の当年に於て、千金の身を犠牲にしたる事実虚ならずんば、大塩平八郎は、無論愛民の心切なりし 人なり

大塩平八郎ハ、愛民忠君の君子なりしと雖も、無謀の人にハあらざりしか、短気なる人にてハ無かりしか、暴動の跡を鑑みれバ、頗る無謀短気なりしが如し、

左りながら、大塩と雖も好で暴虎憑河の行ひを為したる次第に てもある可らず、其奉ずる哲学と社会の事情と軒輊甚だしく、終に厭世主義の人となりて、この企てを為せるに外ならざる可く、其精神ハ世間の木鐸となるにありて、勝算を以て一揆を起したるにハあらざるべし、

或ハ、大塩ハ道理よりも寧ろ情の方勝りたる人なりしやも謀られずと雖も、この点は詳密なる実行録を見ずんバ判定し難し、そハ兎も角も、余輩は大塩の大胆にハ感服せざる可からず、之を感服するものは余輩にハ限らざる可し

島本仲道氏の青天霹靂史ハ、寧ろ議論多くして事実尠し、蓋し其目的他にあるものゝ如くなれば致し方無しと雖も、余輩ハ誰れか篤志の人ありて、この豪傑の言行を周密に探捜し、実伝を編れんことを希望す、

周密なる言行録なき時にハ、到底其人と為りを判定し難し、伝を書く者の要務は、間違ひなき事蹟を集むるにあり、議論は後世の人が為すべし、

余事ハさて措き、大塩平八郎ハ、兎角大豪傑なり、乱民を以て之を視るは酷なり、其挙動の急激なりしことを以て、其徳を掩ふを要せざる也


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