■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  031 「金の出所」

 1925年、アメリカのダウ・インデックスは一年の大半をかけて大きな上昇線を描いていた。

 時田は26年頭に渡米し、その26年頭から春にけて一旦ピークを迎える株の売却の準備もしくは実行を行い、一定程度の利益確保を行う。そしてさらに一時的にかなりの低下を見せるのを見計らって、買い増しを実施する予定だ。
 私の未来チート知識と同じなら、この年の中ばに一旦下落し、20ドルほど下げたらまた上昇へと転じる。
 その後1年ほどは停滞するが、その後のダウ・インデックスは1929年の秋まで破滅に向けての暴走を開始する。
 

 それはともかく、25年に入るまでに累計5億ドル投資されている鳳、ではなくフェニックスが持つ株は、来年春頃に一部を現金化するだけでも莫大な利益となる。
 まだ下落する前に売り抜けるので、買い手には困らない。

 概算では、もし全てを現時点で売ると仮定すれば、投資のために借りた借金の返済、手数料などを差し引いても8億ドル程度になる。
 為替レートで日本円に換算すると、約二倍の16億円。この時期の日本の国家予算に匹敵する金額にもなる。
 21世紀で4000倍程度の感覚的な価値の差で、当時の日本がまだまだ経済的には小国であることを考えると、天文学的な現金資産といえよう。

(元手にした5000万ドルの金塊からして法外な資産だから、株価の上昇に乗ればこんなものか)

 あまりに現実感のない数字に、かえって冷静になれる。
 そして冷静な頭で色々と考えないといけない。

 フェニックスが莫大な投資を行っているダウ・インデックスにしても、全体で約280億ドル。うち10億ドル近くをフェニックスが占めている。
 なんと3・6%近くという、アメリカ基準で見ても莫大な金額だ。
 当然だが注目されている。

 最初は株のトレーダー達が多少注目した程度だが、時田と現地の鳳銀行、鳳商事の報告では、アメリカの大財閥ですら注目し始めているとの事だ。
 しかしそれは予測範囲内。むしろ注目してもらわないと困る。何しろ彼らからは、あとあと沢山のお買い物をしなければならない。
 そしてお買い物をしないと、アメリカ国内の巨大なドルを日本に持ち帰る事が難しい筈だ。
 21世紀ほどボーダーレスでもグローバルでもないので、アメリカ企業として株のやり取りをしているフェニックスの膨大なドルを、日本に簡単に持ち帰れないからだ。

 そして日本でも、アメリカの事情に詳しい大手財閥を中心として、鳳の名、フェニックスの名が囁かれ始めていた。
 その中で看過できないのが、「鳳はどうやってあれだけの元手を持っていたのか、いや元手を手にしたのか」という噂だ。
 「前の大戦景気で余程溜め込んでいた」というのが一般論だが、噂だけにおバカな噂が沢山出ていた。

 ある者は言った「徳川埋蔵金を見つけたに違いない」(うん、こいつは馬鹿だ。噂は利用してやろう)
 またある者は言った「いや村上水軍の財宝だ」(そうその通り。君偉い。噂は利用してあげる)
 また別の者は言った「何を言っている、ロマノフの財宝に決まっているだろ」(それダウト。噂と言った当人を消しとかないと)
 他の者はこう言った「いや、鳳は大金山を掘り当てたんだぞ」(全くその通り。いつの世も、真実が悪い噂を駆逐するものよ)

 というわけで、私は何故か鹿児島県北部の菱刈の山の中にいた。どうやっても、鳳の隠し財産の根源と噂される金山が見つからないからだ。やはり正確な情報もなしに言うものではない。
 そしてその詰め腹として、責任を取るべく私はこの地に降り立った。
 それは私が「私が現地に行けば分かる(かもしれない)」と、苦し紛れに漏らしたせいだ。

「終わったら、近くの温泉に行きましょうね」

「はい、お嬢様」

 私の言葉に付き合ってくれるのは、新しく私付きのメイドとなった香月(こうづき)シズ。シズはカタカナで漢字の当て字はない。
 なんとまだ15歳。この時代、労働法もへったくれもない。
 しかもこのシズは、小作農が食べさせられないと手放した幼女を鳳が買い取り、10年かけてみっちりとメイド、もとい女中教育、家臣教育を施した純粋培養な鳳の使用人だ。
 彼女には鳳一族しかなく、私に万が一の事があれば進んで命を投げ出してくれると、曽祖父からは教えられた。

 反吐が出そうだが、この時代はちょっとした不作でも困窮する小作農は多く、乳幼児死亡率が高い影響もあって子沢山の場合が多いので、一定数こうした子供がどうしても出てくる。
 鳳は、それらを集めて優秀な者を選別し、そして教育を施して仕えさせるのだ。
 それまでのふるいに落ちた者も、鳳のどこかでその者の実力に応じた会社や部署に送り込まれ、粉骨砕身尽くす事になる。
 そんな状況でも、仕事と衣食住に困らないだけ儲け物なのだ。
 似たような事を大なり小なり行なっている支配階級、財閥は少なくない。金持ちや貴人には、どのような時代であっても忠誠を捧げる優秀な人材が必要だからだ。

 なお、この平坦な言葉で返すシズも、見た目は私プロデュースの新作、ビクトリア風メイド衣装、つまりオタクが言う所のクラシックメイドスタイルだが、その中身は文武両道な優秀な人材だ。
 容姿の方も十分に端麗と言ってよく、まあよく見つけて育て上げたと逆に感心したくなる。
 セミロングの髪に涼しげな目元な横顔は、見ていて飽きないほどだ。

 そして出会って速攻気づいたが、この娘も10年ほど後がゲームスタートとなる乙女ゲーム『黄昏の一族』の登場キャラだ。当然10年後の姿で登場する。
 しかしゲームでの彼女は、屋敷全体の女中の若頭的なポジションで悪役令嬢には仕えないので、この点で既にゲームから逸脱している事になる。
 つまり私や曽祖父らが動いたので、既に状況が変化し始めているという証拠にもなるだろう。

 なお、今回の鹿児島行きに、時田の妻で私のメイドだった麻里は来ていない。シズが私付きになったように、麻里の配置も鳳本邸の屋敷のトップに配置変更というか本来の状態に戻ったからだ。
 今までの麻里は私の乳母的ポジションだったが、私自身が一族の一員、しかも一族内に限るが実質的に一人前扱いされるため、乳母的な役割の者を置けなくなった影響でもある。
 この幼い身体は、まだまだ人の温もりや柔らかさを欲しがっているが、私が余計な事を色々としでかした犠牲者として我慢してもらうしかない。

 もっとも、我慢するのは実質私だ。おかげで部屋のぬいぐるみや人形が増える一方だ。
 そんな寂しい気持ちが心の片隅にあるが、クール系美少女なシズは麻里以上に常に私の側で仕えてくれるので、それで十分満足だった。
 まあ、護衛を兼ねていると言うのもあるんだけど。

「じゃあ、さっさと仕事を終わらせましょう。行くわよシズ」

「はい、お嬢様」

 そして温泉とか余裕ブッこいているが、実際私にはそれだけの心理的余裕があった。この場所に来た時点で、『ああ、あそこだ』と何故か分かったからだ。
 本当に何故分かったのかは分からない。私の体の主(あるじ)の悪役令嬢の力なのか、これが「夢見の巫女」の力なのか、所謂ゲーム的なチート能力なのか、単に超能力とかの超常能力なのか、それとも単なる思い込みなのか、その辺りは全く不明だ。
 けど、確信があった。
 そして目的地に近づけば近づくほど、確信は強まっていく。

(理由は分からないけど、私にも超常能力の部類のチートがあったって事にしておきましょうか)

 諦め半分でそんな事を思いつつ、足でトントンと地面を軽く叩く。

「ここよ。ここボーリングしてちょうだい。ただ、掘る時に温泉も出ると思うの。採掘にはその分のお金も出すから、排水と換気に気をつけてね。あと、他にもあるから、それ以外の人は付いて来て」

 そう言ってすぐに移動を再開する。
 もっとも、山道は5歳児には過酷なので、屈強な使用人の背負子に担がれての移動だったが。

 その後何日かかけて、『ここ』と感じた場所を示して回った。そして最初に示した場所など数カ所で、すぐにも大当たりが出た。
 ついでなので、金山とも重なる温泉の場所も示しておいたら、その後現地の人から感謝状が届いたりもした。金を手荒く掘って温泉が枯渇したら恨まれそうだ。
 だがその後、女神様を祀った「鳳神社」が新たに建立されたらしい。

(まあ、怪しいと思わなければ、神懸かりとでも思うわよね。日本人だし)

 報告を見つつ半ば呆れたが、これで問題解決だ。
 しかし一連の金山探しは、話に尾ひれが付いてしまった。
 鳳財閥が公にしていない財産を持っているのは、「鳳の巫女」がいるからに違いない、と。

 「鳳の巫女」の言葉に一族全員が「ギョッ」としたが、地面を掘り当てる名人がいるという噂の隠れ蓑だというものだった。神懸かりにしてケムに巻こうとしたのだ、と。
 しかしこの話には、先代の「夢見の巫女」の話も関わっていた。北樺太の鳳の油田の場所を一発で掘り当てた逸話も「鳳の巫女」として加わっており、どうやら本来の話の出所はそこにあった。
 当時の北樺太には、日本人がほとんどいなかったのでごく一部を除いて大きな噂では無かったが、今回は日本国内で既に出回っている噂と合わさったので話がかなり広がり、そして自分たちの耳にも届いたというオチらしい。

 しかしこの時の金山探しと「鳳の巫女」の噂、そしてさらにアメリカでの大規模な株への投資とその成功で、私、鳳玲子の存在が世に露見する小さな切っ掛けになってしまった。
 幼女である事は十分以上のカムフラージュになるが、後で少し迂闊だったかと後悔する事になる。


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