■「悪役令嬢の十五年戦争」
■ 061 「アメリカの王様達」
「ねえ時田、勝次郎くんから『鳳の事を知りたがっている人が増えた』みたいな話を聞いたんだけど?」
最近、私の執事としてより外での仕事がめっきり増えた時田が、珍しく屋敷の私のもう一つの部屋で手伝いをしてくれていたので、休憩の時間を利用して聞いてみた。 部屋にはメイドのシズしかいない。
その部屋は私の別の部屋で、もう一つは最初にもらった純粋な寝室になる。こちらは本来は遊び部屋なのだけれど、どんどん仕事部屋へと変化している。 そしてこの部屋は鍵付きで、入って良いのは私とシズ以外だと、曾お爺様、お父様な祖父、龍也お兄様、それに時田だけだ。他の使用人や鳳の子供達も入れる事はない。 私を「夢見の巫女」と知っている者しか入れない、ある意味時間の歪(ひずみ)だからだ。
そしてこの部屋には、それなりに整理してあるけど、私が時間を見て書き散らした様々なものがある。全部「夢で見た情景や情報」だけれど、私にとっては「前世の知識」をアウトプットしているだけに過ぎない。 しかも既に歴史の流れは変化しているので、「予言書」の類ではない。一種の「未来予測」程度だ。加えて言えば、歴史的な出来事を中心として私の頭の中で眠っている情報の方が、まだまだ多い。
そしてこの部屋の合鍵を持っている数名は、私がいなくてもこの部屋に入って必要な情報を入手していく。 時田もたまにそうしているけど、今日は私の執事としている。 その時田が私の質問に手を止める。
「そうですな。増えたのは間違いございません。ですが、鳳が大きくなり過ぎたので、警戒されるのは当然でありましょう」
「そうだろうけど、私が気になるのは鳳一族、中でもこの鳳の本邸に目をつけている人よ。誰がいるの? いやどこが目を付けてて、そのうちヤバそうなのは?」
それだけ聞くと、時田が私に視線を据える。 私に何を話すべきか考えているのは間違いない。だから、もうひと押しする。
「時田や曾お爺様達に守られているのは知ってるつもりよ。けど、不意の訪問とか遭遇で、私がボロを出す可能性もゼロじゃないでしょう。予備知識として知っておきたいの。実際、蒋介石とは不意に会っちゃったし」
そこまで言うと、時田は恭しく一礼する。 私の言葉を是としたのだ。
「三菱様はある程度お知りです。鳳の者との姻戚もありますし、鳳とは付き合いが長う御座いますからな。ですが、害をなす事はないでしょう。少なくとも現時点では」
「そうよね。私も勝次郎くんは信じてあげたい」
「はい。ですが、他の財閥となると」
「殆どは敵と見ないとね。もしくはハイエナやハゲタカかしら?」
「その認識で宜しいかと。また政治家、一部軍人も同様に御考えください」
その言葉にわざとため息をついておく。
「うち、お金持ちになったものね。けどその辺は、曾お爺様とお父様が上手くしているんでしょ?」
「はい。国内に関しては、油断しない限りは問題ないかと」
「となると、問題はアメリカかあ。株を売り抜けたら沢山お買い物するから、仲良くしたいところなんだけどなあ」
そう言って少し露悪的に笑いかけると、時田も笑い返してくれた。
「左様ですな。その辺りは、既に噂を撒いておりますので、ある程度は問題ないかと」
「さすが時田。あの国がどん底になったら、足元を見てじゃんじゃん買い叩くわよ」
「はい、楽しみにしております」
二人の笑みがますます深まる。これぞ悪役令嬢とその腹心の会話だ。 しかしすぐに真顔に戻す。
「で、一番注意するべきは?」
「やはりモルガン様でしょうな」
出ましたアメリカの王様。金融王。 もちろん金融王は他にもいるし、モルガン自体巨大財閥だけど、やっぱり金融王といえばここだ。 あと鳳は、油田の関連でロックフェラー、最近の紅龍先生の新薬の関係でデュポンとの関係がある。大きな製鉄所も作りたいからカーネギーとだって仲良くしたい。虎三郎が師事した事のあるフォードも、ノックダウン生産などしているから粗略には出来ない。 この頃のアメリカ三大財閥の一角のメロンとは疎遠気味だけど、関係ゼロでは済まない。 つまり、そう言うことだ。
「モルガンもそうだけど、アメリカの巨大コンツェルン(財閥)との関係は慎重にしないとね。けど、注目してくれるようになったって事は、相手にしてくれるようになったって見るべきよね?」
「そうですな。それまでは東洋の小物以下でしたが、前回の訪米では扱いがまるで違っておりましたな。中には、自分を売り込みに来る者までおりましたよ」
そう言って少し目を細める。投資以前、そして投資当初は苦労したんだろう。 けど、それで当然だ。何しろ今は、アメリカのダウ・インデックスの実に3〜5%をフェニックス・ファンドが運用している。しかも金の大元が、スイスにある鳳一族の口座の金塊だ。 うちがアメリカの企業でない事、アメリカ国籍でない事は主に心理面でそれなりに問題だろうけど、向こうで会社を立てて運用している。だから金は金、雇い主は雇い主、そして何より成功者は成功者だ。 そこがアメリカの良いところだ。
特に戦前は「古き良きアメリカ」な気質は十分にあるので、成功者は「なにがしの王様」として自分たちの代表のように扱われる。 そして鳳、ではなくフェニックスには「投資王」と言うニックネームが冠されるようになり始めている。
もちろん、人種差別という、この時代のとんでもなく高い壁がある。 そこでアメリカの大財閥との関係が重要になる。 なぜなら、アメリカの大財閥の大半はユダヤ民族もしくはユダヤ人が財閥の創始者達だ。さらにユダヤ人には、企業人、投資家、経済学者が数多くいる。弁護士など法曹界にもだし、メディアも多い。映画だってそうだ。 そしてユダヤ人は、白人社会でハブられてきた長い歴史を持つ流浪の民族である反面、白人以外と対等に付き合う向きが強い。そうする事で、白人が手に入れられない情報や富を手に入れるからだ。
21世紀になっても、アメリカの田舎町で留学した先のホストの家が白人だと思っていたらユダヤ人だった、なんて事はありがちだそうだ。21世紀になっても、克服できない問題が横たわっている証だけど、反面ユダヤにはそうした一種の寛容さがある。 いや、差別されてきたからこそ、お互い踏み込めるライン内では差別しないのだと捉えておけば良いと思う。 そう、彼らは商人だ。鳳とはその点で同種と言える。
「それで、次はいつ私は渡米致しましょうか」
少し考え事をしていたら、時田がビジネスモードというか家臣モードになっていた。私を真剣に見つめている。 だから私も時田の正面に向き姿勢を正す。
「今年はいいわ。来年に爆上げしてからが本番」
「ばくあげ、ですか」
うん、21世紀のスラングで思わず話していた。 それは軽く苦笑して流す。
「ええ爆発的な上昇。折れ線グラフ覚えているでしょう。今の所あれが変わる予兆はないから、このまま続行。向こうの人に細かい売り買いの指示を出すだけ。あとは、今年くらいから本格的に噂を撒きましょう」
「はい。鳳が株の利益確定を行い、大量の買い物をするつもりだ、と」
「ええ。それならアメリカも、私達の大勝ちに文句は言わないでしょう」
「はい。手揉みすらして来るかもしれません」
「それは是非見てみたいわね。だから私も決定的瞬間の前に渡米するわよ」
言葉と同時に時田とシズが私を凝視する。「え? マジかよ」って。シズなんてお茶の追加を入れようとして、そのまま固まってしまった。 だから言葉を続ける。ちょっと悪ぶった顔になっているかもしれないけど、そこは気にしない。
「ここで歴史を見ないでどうするのよ。私が生を受けた一番の理由よ。それにそこで勝ち抜けたら後は消化試合なんだから、むしろ行かなかったら一生後悔するわよ」
言い切って可能な限りの強い目力で時田の目を見る。 そうして数秒、いや多分数十秒経っただろう。私の額からは、暑くもないのに汗が何度も上から下へと通り過ぎた。 そして時田が小さくため息をつく。
「渡米の件で譲られる気はないようですな。分かりました。ですが、ご当主様、ご隠居様への説得はご自分でなさってくださいまし。私は向こうでの事に全力であたらせて頂きます」
「もちろん、私もご一緒します」
お茶を継ぎ足しにきたシズが、珍しく強い調子でしかも私の目を見ながら言う。
(それは、どうだろう)
そう少し思った。前々から考えていた旅行プランがあるからだ。 そしてそんな表情を見咎めて、シズが眉をひそめる。
「えっと、シズに行ってもらうのは当然よ。私一人じゃ何もできないものね。けど、ちょっと待って。まだ確定じゃないけど、渡米手段はちょっと考えがあるの」
「考え? 船ではなく飛行機ですか? お嬢様らしいですが、危険ではないかと?」
「惜しい! けどまだ確定じゃないから、その話はその時ね」
「畏まりました」
私のお子様じみたジェスチャー付きの説得になってない説得に、シズが慇懃に礼をする。 時田は気づいた表情を浮かべたが、それを口にする事はなかった。けど、時田には色々と手を回してもらう必要があるので、後でちゃんと話そうと思う。 シズには秘密にしておいた方が、私的には面白いからだ。 「よろしくね。それと、楽しみにしておいて」
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アメリカの王様 アメリカでの成功者を「なにがしの王様」と呼んだ。 この時代だと「金融王」「石油王」「鉄鋼王」「自動車王」あたりだろう。
それらはほぼ同時に巨大財閥で、
ロックフェラー(Rockefeller)財閥 モルガン(Morgan)財閥 メロン(Mellon)財閥 デュポン(Du Pont)財閥 カーネギー(Carnegie)財閥
を5大財閥とも言うが、他にも沢山いる。 当然だが、当時の日本の財閥より桁違いにでかい。
そして21世紀でも、彼らこそがアメリカの真の支配者だ。表に出てきているセレブや、株で膨れ上がっただけの企業などは、海の上に出ている氷山の一角でしかない。 MSのビル・ゲイツも、アメリカ上流社会では珍獣扱いだそうだ。(絶対にジーパンしか履かないかららしいけど。)