■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  126 「アルプスツアー」

 私達の欧州ツアーは、またも日曜夕方の国民的アニメオープニングモードに入った。
 お兄様の案内でフランクフルトの大聖堂を見て、ライン川を船で少し上り、南部のババリアに入ると鉄道に乗り換えて東に進みミュンヘンへ。
 そしてフランクフルトではまだだったが、ミュンヘンではそろそろクリスマスマーケットのシーズンに入っていたので、お祭り気分を楽しむことができた。

 とはいえ私は9歳の幼女。アルコールがほとんど入っていないホットワインが精一杯。シュトーレンをちびちび食べるほど余裕もないので、買えるのはすぐに食べられる小さめのお菓子ばかり。
 かと言って、ビールやブルスト(ソーセージ)にも興味はないので、大人達はともかく私は淡々と過ごす。
 そしてドイツでの目的地、ノイシュヴァンシュタイン城へ。

 訪れた印象は、「確かにノイシュヴァンシュタイン城だ」だった。
 私が前世で行ったそのまんまの姿がそこにはあった。ロンドン、パリもそうだったが、ヨーロッパは本当に良く残っているし、形が変わっていない。
 エレベーター、セントラルヒーティング完備なのは建設当初からなので、今ひとつ有り難みがないのも同じだ。
 お陰でデジャブーとか前世に戻ったのかもと、一瞬思いそうになる事がある程だ。しかし前世と今の私では背丈が違う。そのお陰もあってか、今と前世を間違えるほどには至らない。
 でもまあ「ここも変わらないんだー」と周りを凍りつかせる発言を、この外見が真っ白、中身キンキラなお城でもしてしまった。

「じゃあ、ここでお別れだ、玲子、紅龍」

「うむ、案内助かった。次は日本で会おう」

「有難う御座いました。また、しばしの別れが寂しゅう御座います」

「そう言わないで。今年の秋には戻るからね。じゃあ、二人とも元気で」

「お兄様こそ、本当にお身体を大切にして下さいね」

「ああ。今回倒れて、嫌という程思い知らされたよ」

 そんなお兄様の苦笑に見送られて、短いドイツツアーも終了だ。そしてお兄様にミュンヘン駅で見送られ鉄路でヴェネツィアへ向かう。

 ヴェネツィアでもノイシュヴァンシュタイン城と似た事をしてしまったが、もはや私の様式美だ。
 それにヴェネツィアは仕方ないと思う。
 ここも、前世で来た時と殆ど同じだった。21世紀ほど観光地すぎない点が違いだけど、サンマルコ広場なんてそのまんまで、嬉しさのあまりカフェフローリアンでカフェ・ラテを思わず楽しんでしまったほどだ。
 そして2日ほどかけてヴェネツィアを堪能したら、鉄路でミラノへ。そこから北上してスイス入り。

 まずはスイス東部を走るレーティッシュ鉄道に乗り、レールをぐるりと回りながら登るお約束な景色を楽しむ。ここも私の前世と変わりない。遺跡じゃなく電化された鉄道な点で、ヨーロッパの発展度合いを痛感させられる。
 日本なんて、昔のもの以外で同じものを探す方が難しいというのに、この違いが基礎的な発展度合いと国力に影響しているのだ。
 次いで、こちらももう走っている登山鉄道を使って、ユングフラウヨッホへ。さらに西に進み別の登山鉄道を使って行った標高3000メートルを超える展望台から、マッターホルンやモンテ・ローザを遠望。
 かなり駆け足だが、アルプス山脈を堪能した。

「なあ姫、こうも山ばかり見て何が楽しい?」

 登山鉄道と山ばかりなせいか、護衛の八神のおっちゃんが心底不思議そうに訪ねてきた。
 標高3454メートルの場所で話す事でもないだろうとジト目で見返すが、当人にとっては嫌味とかユーモアから出た言葉じゃないらしい。

「日常とは違うものを見て、体験して、食べて、感じる。それが旅行の醍醐味よ。それに世界中探しても、こんな高い場所まで鉄道で来るのは不可能なんだから、こんなに簡単に絶景が拝めたことを堪能しないでどうするのよ?」

 私の丁寧な解説にも反応は薄く、ついには首を傾げてしまう。

「俺には分からん。分かるのは、たまにうまい飯が食える事くらいだな」

「八神のおっちゃんは、旅には向いてない性分なのね。せっかくの世界一周旅行が、少し勿体無いわ」

「俺は姫の護衛だ。勿体無いもない。しかし世界一周か。言われてみれば、そうなんだな。まあ、『井の中の蛙大海を知らず』とでも思っておこう」

「おっちゃんにしては殊勝ね」

「殊勝にもなる。お前は、この旅でどれだけの人に会って来た? 本当に歴史を見る事になるとは、想像すら出来なかった」

 少し意外な言葉が聞けた。
 だからだろう、少しからかってみたくなる。

「少しは私の偉大さが分かった?」

「偉大というより、怖いな」

「おっちゃんが手を伸ばせば、私の首なんて簡単にへし折れるのに?」

「ああ、怖い。お前は未来を見るというが、想像もつかん奈落を予測した上でわざわざ見て、それでもそうして平然と見える程度には取り繕えている。そこが一番怖い。だからこそ、仕え甲斐もある」

 そう結んで、いつものニヤリとした笑みを返す。
 結局それが言いたかっただけなんだろう。なんだかんだ言って、八神のおっちゃんも人ではどうにも出来ない山々を見て、少しセンチメンタルになっている証拠だ。
 それに引き換え相棒と言えるワンさんは、どこに行っても「これは素晴らしい絶景ですな!」という調子の平常運転で、これはこれで頼もしい。
 そして平常運転なのは、シズも変わりない。と言っても、シズの場合はクールキャラなので表に出ないだけで、内心ではかなり驚いたり、感動しているのを私は知っている。
 ただ、私に仕えているから、すぐに平常モードに戻ってしまうのは、見ていて少し寂しい。

「お嬢様、次のご予定があるので、そろそろご出立の準備をお願いします」

「ええ。次はジュネーブね」

「はい。ジュネーブで一泊。そこで現地の銀行の方と会う予定が入っています。そこからマルセイユに移動。船でエジプトに向かい、その後イスタンブール、ギリシア、ローマと経由してtマルセイユへ戻る予定になっています」

「ん? またヨーロッパに戻るのか? そのまま帰国するんじゃないのか?」

「そのつもりだったんだけど、パリで一週間もロスしたでしょ。あれのせいで、あれのせいでもう12月よ。このままだと帰国中の船の中で新年になるから、それならいっそヨーロッパのクリスマスと新年を見てから帰ろうかなって」

「そういう事は先に言ってくれ」

 二人で話していると八神のおっちゃんが、ビジネスモードでツッコミ入れてきた。こういう時は、正攻法で攻略しないとこの人は激おこしてしまう。
 だから可愛く拝みつつ、ちゃんと理由を告げる。

「ごめんなさい。今日の汽車の中で決めたところだから、夜に集まる時に伝えようと思ってたの。それに移動に使う船はチャーターだから道中は安全よ」

「なら、いい。それに、こうも移動していたら、気をつけるのはスリくらいだからな。姫を付け狙おうっていう物好きな悪漢どもも、振り回されてヘトヘトだろうよ」

「私は悪漢より上流階級の人達の方が怖いなあ。どこで繋がってて、突然やって来るか分からなかったし」

「確かに、金持ちの方がタチが悪いかもな」

 私の真剣な懸念をよそに、八神のおっちゃんがかなり豪快に笑いとばす。その笑い声は、アルプスの山々に響いてやまびこになっていた。
 それを聞いて、せっかく山に来たというのに忘れている事お思い出した。

「ヤーッホーー!」

 

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ヤッホー
ドイツ語の「JOHOO(ヨッホー)」という掛け声が由来。ヨーロッパ・アルプスの登山家が口にしていたらしい。
日本には昭和のはじめに伝わり、「ヨッホー」が「ヤッホー」になった。
ワンダーフォーゲルが伝わった時期なので信憑性は高いらしい。
とはいえ、諸説ある。
 

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