■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  128 「湾岸油田(1)」

「あー、この下にも一杯あるわね。場所、記録しておいて」

 やたらと早いヨットでペルシャ湾までやって来たけど、海の底の方から『何か』を見つけた時の感覚が訪れる。
 海底油田か海底ガス田があるんだろう。私にはそこまで分からないけど、ずーっと続いていると言う事はでかい鉱床がある証拠だ。
 今航行しているのは、目的地に着く手前のペルシャ湾内のかなり奥。あとで調べてもらったら、カフジと言う名が思い浮かんだ海の上だった。
 その前に半島状になったカタールの沖合ででかい反応に出くわしたが、このカフジ近辺でも何度も似たような感覚に襲われる。
 本当にペルシャ湾が石油や天然ガスの宝庫だと、私だけが実感させられる。

 なお、マルセイユからの航海は、速力にして22ノットの快速でぶっ飛ばして丸8日。途中スエズ運河で1日ロスしたが、その後の紅海、アラビア海沿岸と海と海岸線しかない退屈な船旅を続けてペルシャ湾へと入った。
 おかげで、マルセイユで用意してもらっていた暇つぶし用の本が読み進む事。一部辞書片手なので、英語やフランス語の語学力も上がりそうだ。

 そしてカフジからさらに2時間後、クウェートの街へ到着した。

「見渡す限り砂漠ばかり! 清々しいくらい何もないわね」

「ですが、あそこに船が」

「ええ。日の丸と星条旗とユニオンジャック。ちゃんと揃っているみたいね。じゃあ、さっさと仕事を済ませて、こんなクソ暑いところからは一日でも早くオサラバよ」

「はい。では、お召し替えを」

「シズもね」

「はい。それにしても面倒な場所ですね」

「そうよね。けど、豪に入れば郷に従えよ」

「確かに、そうで御座いますね」

 そんなやり取りの後、上陸する私とシズは顔まで覆う全身黒ずくめとなり、桟橋へと接岸した船から降りる。
 ずっとエスコートしてくれたイギリスの駆逐艦は、少し沖合でお留守番だ。
 逆に桟橋の先では、かなりの数のお出迎えがあった。

「お疲れ様ですお嬢様」

 そう恭しい礼をするのはセバスチャン・ステュアート。アメリカで私に忠誠を誓ったばかりの小太りな執事候補だ。

「お待ち申し上げておりました」

 そう言って右腕を大きく振るオーバーアクションな礼をするのは、ロバート・スミス。モルガン財閥の方からやって来た、アメリカ財閥の私向けの窓口担当だ。こんなクソ暑い場所でも、スーツを隙なく着こなしているのは、感心を通り越してもはや呆れる。
 セバスチャンは、白いこっちの人のスタイルが妙に似合っているが、この方が暑苦しくなくて良い。
 そして、私の知っているのはこの二人だけ。
 それ以外に、現地との調整をするイギリスの政府関係者、イランとイラクから来た石油関係者、それに全身白の民族衣装な現地の多分カリフ。口ひげがお見事なので、まず間違い無いだろう。ついでに言えば、こちらの人たちは私とシズのこちらの地域での女性用衣装を見て、ほぼ全員が怪訝な表情を浮かべている。
 まあ、無理のない事だと思う。

「ミスタ・スミス、セバスチャン、急にお呼びだてして御免なさいね」

「いえ、お嬢様がお呼びなら、例え地の果てだろうと地獄だろうと参上いたします。ですが、こんな地の果てにいきなり呼ばれるとは、流石に予想外でしたがね」

「これからの不況の世相で明るいお話を聞けるとあっては、我々も何処へでも参上いたしますとも」

「二人ともありがとう。それでミスタ・スミス、今日はどちらの方から来たの?」

「はい。代表する三者、ロックフェラー、モルガン、メロンのそれぞれから全権を託されております。皆様から鳳のプリンセスに、くれぐれもよろしくお願いします、との伝言を預かっております」

「そうですか。こちらこそ宜しくお願いします。それでセバスチャン、他の方へのお話などは私がした方がいいの?」

「いえ、既に全て済んでおります。こちらの方々は、それでもなお出迎えの挨拶がしたいとの事です」

(あー、もう天然真珠が売れないんだろうなあ)

 そう思いつつブルカの口元を外して顔を見せ、お辞儀する。

「顔を見せることをお許しを。東洋の果てより参りました、鳳玲子と申します。この度は、皆様をお騒がせする事になりますが、宜しくお願い申し上げます」

 そうして挨拶をすませると、既に用意されていた車やトラックに分乗し、早速現地に向かう。けど、私には既にビンビンに感じているので、その方角へと向かわせる。
 場所は小さな半島状になったクウェートの小さな町の南方。その一帯の足元全てが、『大当たり』だった。もう、今までにないくらいビンビンと何かの気配を感じる。超ド級という感じだ。
 そして真下に到着した時点で、電気が走るような衝撃となった。

「っ! きたっ!・・・えーっと、この辺りからね。あとは、ストップって言うまで真っ直ぐ南に向かって。凄いわよ、これは!」

「了解しました!」

 ハンドルを握るのはセバスチャン。助手席にミスタ・スミス、後席に私とシズが座る。当然、その前後には何台もの車やトラック。その車列が、海からも近い砂漠を爆走する。
 そして私の言葉から約30分後、私が感じている感覚が途切れる事はなかった。
 つまり、通って来た地面の全てに膨大な量の石油が眠っていると言う事だ。あまりの感覚の強さに酔いそうになる。

(本当に教科書と同じなんだ)

「ストップ! ここまでね。出発点からここまで、多分楕円形の場所全部に大きな油田があるから、あとは地質調査でもしつつ、のんびり掘ってちょうだい」

「えっと、それで、終わりなのですか?」

 ミスタ・スミスが、少し呆気にとられている。
 テキサスでも私が大油田を見つけたから期待して来たんだろうが、私がしたのは一気に地上を走っただけ。一応周りの景色を伺う振りをしたりしたが、穴を掘ったりはしない。

「ええ、今走って来た地下に呆れるくらいの石油が眠ってるわね」

「ちなみに、どれくらいの量などかは分かるのですか?」

「詳しい数字は分からないの。けど、呆れるくらいの量よ。だから、ここもそうだけど、発見したと言う話はもとより場所や埋蔵量は厳重に伏せる事をとても強くお勧めするわ」

「ええ、それは十分に理解しております。なればこその、今回の急な話であり、隠密と言える行動だと認識しております」

「はい。くれぐれも宜しくお願いしますね。それで、セバスチャン?」

「はい、お嬢様。鳳からの試掘の装備一式は一団と共に既に日本を発っております。到着次第先ほどの場所の真ん中辺りで、掘らせてみましょう」

「そのあたりはお願いね」

「畏まりました。ですが、日本からの連中が来れば、あとは彼らの仕事ですがね」

 何度かのお辞儀とやりとりの後、セバスチャンが軽く肩を竦める。
 こう言うところはアメリカンだ。

「じゃあ、出光さんの部下が来るの?」

「ご本人が直々に来られます。テキサスでお嬢様が発見された油田の後始末の方は、出光様の部下の方が諸々を行われるそうです」

「そっか。出光さんが中東油田を仕切るのか。なら、安心ね。じゃあ、次いってみよー!」

「えっ?」

「畏まりました。次はどちらへ?」

 セバスチャンの恭しい一礼の横で、またもミスタ・スミスが唖然としている。だから言葉を続けないとダメらしい。
 どうやら、クウェートの油田だけだと思っていたらしい。だが甘い。時間の許す限り、全部見つけて日の丸を立ててやるんだ。
 そんな風に思いつつ、ニコリといい笑顔を向けてあげる。

「そうね、海にも油田は沢山あるみたいなんだけど、それは今見つけても意味ないから、今回は地上を行きましょう。ヒジャーズ・ナジュド王国への話は?」

「既に通してございます」

「オーケー。それじゃあ、取り敢えずは船に戻って、海沿いをゆっくり進んでちょうだい。その場その場で指示するから、そこの場所の記録だけしておいて。それでそのままバーレーンまで行って、そこで一旦上陸して調査。そのあとはナジュド王国に入って、本命を探すわよ」

「本命、ですか?」

「ええっ、世界一の油田を掘りに行くのよ!」

「ハハッ!」

「え、えぇ……」

 セバスチャンはノリノリだが、ミスタ・スミスはドン引きだ。まあ、そうなるように見せているわけだが、本当に驚くのは石油の試掘に成功して、推定埋蔵量が分かってからになるだろう。

 そしてそこからは船に乗り換えて、日が暮れるまで私が地上を指差しつつ移動すると言う一見シュールな情景が続く。
 しかし周りでは、測量器具すら使い、詳細な記録が取られていく。
 呆気なく後にしたクウェートでも、明日から、そして本格的な調査隊、試掘隊が来たら大忙しになる筈だ。
 そして大半の情報は、おそらく四半世紀くらいは厳重に封じられる事になるだろう。
 次に『見つける』世界最大の大油田と共に。

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カフジ(海底)油田
かつては日本が採掘権を持っていたので、日の丸油田とも呼ばれていた。
日の丸油田だったので少し触れてみた。

クウェートの油田
ブルガン油田
クウェートにある、世界第二位の大油田。埋蔵量は600億バーレルと破格の量。
1913年には、クウェートそれにイギリスが油田の存在には気づいていたと言われる。
生産開始は1946年。

ヒジャーズ・ナジュド王国の油田
世界最大のガワール油田。埋蔵量は800億バーレルと、これまた破格の量。
発見は1948年。生産開始は51年。

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