■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  129 「湾岸油田(2)」

「ウーッ、流石に暑い。幌付き、屋根付きじゃなかったら、干からびてるところね。それにこのブルカ、日焼けしなくて済むし、意外に涼しいのね」

「はい。生活の知恵だと実感できますね」

 シズと車上で呑気に話しているが、今はナジュド王国を南下中。それまでに、バーレーンでほぼ島ごと油田なのを感じ取って、そこで一泊。
 ただし船の上での一泊となって、数年後にはサウジアラビアと名を改めるヒジャーズ・ナジュド王国へそのまま乗り付ける。
 しかし、私が指を向けた先は何もない場所なので、クウェートや島ごとが一つの国のような状態のバーレーンと違い、小舟に乗り換えて上陸した小さな桟橋に現地の人の出迎えはない。
 出迎えるのは私達がバーレーンに居る間に先に到着していた、日米英の合同調査団の皆さんだけ。サウド家の人はいない。そして全員が、なんでこんな何もない場所に、と言う雰囲気を地味に漂わせている。
 しかし私が目指す先は、今回は内陸部だ。だから3日分ほどの野営準備もさせている。

 そして海岸から100キロほど、荒地や砂漠を車で4時間ほどは何もない砂漠を進む。本当に何もない、いかにもな砂の砂漠。
 用意させた特注の車なのに、それでも進む速度は遅い。
 しかし4時間ほどして、今回よく感じている感覚に襲われる。そしてこれも、クウェートに負けず劣らずの『大当たり』だ。

「きたきた! ここからよ! 方角は・・・ほぼ真南、このままでいいわ。どんどん進んで。多分だけど、終着駅は100キロ、200キロは先よ」

「プリンセス、本当にそんなに大きな油田があるものですか? 私は油田にはそこまで詳しくありませんが、それほど巨大な規模の油田など聞いたことがないのですが?」

 ミスタ・スミスは、まだ納得いっていないらしい。
 昨日から私がこんな調子だから、いつもの演技の仮面が剥がれそうになっている。

「当然の疑問だと思うわ、ミスタ・スミス。けど今私達は、世界最大、しかも破格の世界一の油田の真上にいるのよ」

「世界一、ですか。先日のクウェートの油田よりも、でしょうか?」

「あれと双璧ね。どっちも、他とは格が桁外れに違うわ。だからここも試掘と調査だけしたら、しばらくは封印する事になるでしょうよ。アリババの財宝みたいにね」

「さしずめプリンセスが、『オープン・セサミ』の合言葉そのものですな」

 連続するショックから多少開き直れたらしく、ミスタ・スミスが肩を竦め両手を軽く上げておどける。
 アリババの話は、転生してから小さい頃に読んでおおよそは覚えているから、そこから言葉を返してやるとしよう。
 こう言うやりとりがいつあるか分からないので、本や知識の吸収は怠れない。それにこう言う時、本当に21世紀のネットに接続できないものかと思ってしまいそうになる。

「もう財宝は見つかったから、私はさしずめあのお話に出てくるアリババの妻じゃない?」

「それは恐ろしい。我々はくれぐれもプリンセスに見つからないようにしないといけませんな」

「アラ? ミスタ・スミスは40人の盗賊だったの? それは返り討ちにしないといけないわね」

「おお、怖い怖い。怖いので、正式な契約をといきたいところですが、流石に一度掘ってから確かめさせていただきます」

「勿論です。利権や諸々も、私どもは嗜(たしな)み程度で構いませんので、納得いくまでそれぞの場所をご確認下さい」

 真面目な話になってきたので、私も口調を改める。
 それでも私の出来る限りの気楽な口調での言葉だったが、ミスタ・スミスはお気に召さなかったらしい。最大限譲歩して人畜無害を装ったのだが、セバスチャンの視線は無欲すぎると語っていた。

「欲が無さすぎますか?」

「ご自覚があるのでしたら私どもは一向に構わない、と言いたいところですが、まだ先があるのか、これより良い話があるのではと疑います。これは、プリンセスの事を相応に知っているつもりの私個人の、最大限のアドバイスになりますが」

「ありがとうございます。ですが、クウェートとここ以上に巨大な単一の油田は世界にはありません」

「今後もですか?」

「少なくとも私が見つける事は絶対にないと断言しましょう」

「しかし、小さなものはあるわけですね」

「このペルシャ湾一帯のそこかしこに油田がありますよ。見つけすぎたら、石油の値段が水より安くなる程にね」

「水より・・・それは少し考えたくありませんな。で、それも教え、いや探していただけると?」

「今回は、今足元にある大油田で最後にします。他については、必要になる少し前に、またお話する事になるでしょう。それとも、皆さんで普通に探しても良いと思いますよ。それほど苦労しないと思いますし」

「……なるほど。今のお話、必ず方々にはお伝えさせて頂きます」

「是非にお願いします」

「確かに。それで、契約自体はいかように?」

「私が勝手に決めてしまうと、セバスチャンや他の者に怒られてしまいます。それに、もうすぐこちらに専門の者が来ますので、その者に全権を委ねます。存分にお話しを詰めて下さい」

「畏まりました。その方は、先ほどお二人が話しておられたイデミツという方ですか?」

「ええ、うちの石油事業を統括しております。手強いし、頑固ですわよ。きっと、私と話をつけた方が良かったと後悔なさいますから」

「それは、交渉のしがいがあるというもの。私個人としてですが、楽しみにさせて頂きます」

 ビジネスな事を話しているうちに、ミスタ・スミスの調子も戻ってきたらしい。それによく考えたら、身内以外がミスタ・スミスだけなので、つい子供っぽいいつもの口調で話していた。
 それでも英語だから少しフランクな英語程度だったろうが、ミスタ・スミスは特に反応を示していない。つまり、その程度の関係を向こうも容認したと見ていいのかもしれない。
 それとも10億ドルの買い物相手だから、私の我儘や勝手は最大限許容しているだけなのかもしれない。
 それに今回の大油田の連続発見だ。

 ミスタ・スミスと一通り話し終え、同乗者となんでもない雑談をしつつ思わず思考の奥底で思ってしまう。

(私、何してんだろ。こんなの見つけたところで、『戦後』にしか価値がないのに。いやいや、ネガティブはダメよね。これで私がまだまだ『金の卵を産むガチョウ』だって認識させられた筈だし、未来の日本に大きな利権を持ってくることも出来たし、良い事づくめよね。やってよかったのよね)

 そうなるべくポジティブに思っても、さらに奥底で思っている事からは逃げられない。
 また大きく捻じ曲げた歴史と世界情勢への懸念、そしてそれすらが私自身の生存ルートの確保の為だという罪悪感からは。

 けど一方で、考えすぎても無駄な事も理解できていないので、砂以外何もないアラビア砂漠を車上から眺めつつ、悪い方へ傾いてばかりの考えを振り払った。

「それより聞いて、私野外で泊まるのって初めてなの。すっごく楽しみ!」

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オープン・セサミ
言わずと知れた、『アリババと40人の盗賊』に出てくる合い言葉。
アラビア半島ではなく、ペルシャの話らしい。

バーレル
1バーレルは約158.9L(リットル)
グラム計算だと、比重が85%くらいで計算すると大体の重さが出てくる。
100億バーレル=13・5億トンくらい。

石油
1940年頃の日本は、年間約400万トン程度。1960年代終盤以後の日本は、年間約2億から2億5000万トン程度消費する。
1930年だと150万トン程度。北樺太と新潟の油田で事足りる程度しか使われていない。

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