■「悪役令嬢の十五年戦争」
■ 139 「グループ改変に向けて」
事件のあった翌日、正式には翌朝、全員泊まり込んでいたので、再び一族が広間に集まった。 ただし玄二叔父さんの姿はない。
「昨日は皆ご苦労さん。まあ、お茶でも飲みながら聞いてくれ。決定事項だけ伝えるから、意見、文句があるやつだけ声をあげてくれたらいい」
「なあ、麒一郎、俺はいいんだが、その、なんだ。いいんだな?」
お父様な祖父の麒一郎の言葉に、虎三郎が歯切れの悪い言葉を並べる。言いたい事は分かるが、口下手過ぎで苦笑してしまいそうだ。
「玄二とは話したよ。だから玄二は外す。鳳財閥総帥も廃止だ」
「再編成、ですか?」
善吉大叔父さんが控えめに、だがいつも通り自分が聞きたいことを聞いてくる。 それにお父様な祖父が頷き、口を開いた。
「鳳会社の機能は、鳳商事と鳳ホールディングスに移動。実質的な総帥は、善吉お前になる。だが、鳳ホールディングスは後方の司令部だ。前線は鳳商事として、機能と権限を大幅に強化。新聞や研究所も拡大する。ここの頭には、昨日言ったように時田が座る。 だが鳳の主力は、今後規模を大幅に拡大する石油関連事業と重工業部門だ。石油は出光がするし、他にも人はいるんだろ? だから虎三郎は、そこで重しになってくれたらいい。 これらは、春の社長会で全部正式決定とするが、玄二の件だけ先に進める。それとゆくゆくだが、鈴木の金子さんを中央に持ってきて、副司令格に据える。そして鳳と鈴木の融合をさらに進める」
私と少し話して決めていた事を一気に言い切った。 鈴木を飲み込んで巨大化したのが27年の春だから、約3年でまた大きく変化する事になる。 そしてそれは、大恐慌が織り込み済みだったので、私にとっては予定通りだ。勿論、お父様な祖父にとっても、だ。
しかしまた小さく挙手がある。今度は二つ。紅家の瑞穂さんと、また善吉大叔父さんだ。 そして性格などから瑞穂さんが先に話し出した。
「紅家の管轄はどうやっても肥大化できない事業だから良いが、ないがしろにしないと約束してもらいたい」
「えっ? 拡大しますよ。特に製薬は、半世紀くらいかけて世界と戦えるくらいデカくしたいんですけど」
「えっ?」
思わず出た私の言葉に、瑞穂さんだけでなく紅家の全員が反応した。いや、反応出来なかった。紅龍先生も同じだ。
「……本気で言っているのかい?」
「大真面目です。紅龍先生のネームバリュー使って、今大きくしないと日本ですら勝ちぬけないでしょ? いっぱい使いますよ。もう、買い付けの予約もしてありますし。資料、送りましたよね?」
「あれは、本気だったのかい? 本気で出来るとでも?」
「本気です。出来る出来ないじゃなくて、して下さい。人以外は出しますから」
真顔で言い切ったら、数秒真顔で見返された。そしてその顔が一気に破顔する。そしてまた大笑い。 瑞穂さんは見た目が女傑だけあって、大笑いが大好きなんだろうかと思ってしまいそうだ。
「いいね、いいね。こっちとしては、願ったり叶ったりだ。だけどさ、不採算部門とかで突然金を切らないでおくれよ」
「しません。少なくとも私が権限持っている間はさせません」
「言い切るね。だけど、そんなに儲かるようになるもんかね? 自分で言うのもなんなんだけどさ」
「今は、紅龍先生の新薬とネームバリューがあっても、拡大の一番の機会です。それに、少し先の時代に世界規模で薬が飛び交うようになったら、世界的に製薬事業自体が巨大化します。ただ日本って、小さな製薬会社ばっかりだから、海外のでかいメーカーに太刀打ち出来なくなるんですよ。だから、行く行くは他を飲み込んででもデカくして下さい。で、今はその準備期間や土台作りと思ってもらえたら良いです」
「心得た。で、それが夢で見た景色ってわけかい?」
「そうですね。曖昧で申し訳ないんですが」
「いいや、なかなか良い景色だ。そう思えて、その上今までとは桁違いの金まで出してくれるんなら文句はないよ」
そこまで言うと、どっかりと椅子に踏ん反り返るように腰掛けてしまった。私としては、理解が早くて助かると言ったところだ。女だてらに紅家を実質率いているわけだと、納得もさせられる。
一方で、瑞穂さんが大人しくなったのを見計らって、「あのぉ」と声を上げる。しかし、もう善吉大叔父さんの弱気な演技には騙されない。 お父様な祖父は最初から分かっているので、短い仕草で言葉を促すだけだ。
「鳳ファンドについては?」
「玲子」
「はい。セバスチャンに任せます。アメリカ人だし、実質今まで運営してきたのは彼なので、責任者に据えます」
「だが、使わない分と黄金を合わせてアメリカだけで4億ドル近く、他を含めると5億ドル超えるが、構わないんだね」
「私は彼を信じました。それに仮に散財しても、長子の金だしグループには影響ないでしょ?」
「直接はね。けど、鳳一族が5億ドル持っているという事は、特に日本国内では大きすぎる武器なる。それにグループ全体で鳳がトップという形は動かない証拠になる。それにまた、ほとぼりが冷めたら投資に回すんだろ?」
「はい。2、3年は塩漬けですけどね」
「空売りは?」
「私、これ以上、あちらの方々に睨まれたくありません。善吉大叔父さんが、代わりに睨まれてくれるなら派手にしますけど?」
「いや、断固として止めてくれ。私では、心臓が止まるくらいじゃ済まないよ。それより聞きたいのは、ファンドがホールディングスの上に位置する並びが変わらないのか、そこの金がどうなるのかって事なんだ」
「とにかく、数年以内にファンドが保持しているうちの8割は使います。残り2割はそれが終わるくらいにアメリカ国内での株投資に戻すので、うまくいけば10年以内に残した分は二倍くらいには大きくなります。向こうでもまたレバレッジも多少はすると思うので、三倍は見ておいて下さい」
「まだ増やすのか?」
「お金は活用してこそ価値がありますからね。だからホールディングスに入れた分も、気にせずどんどん使って下さい」
「どんどんなんて、お金でそんな言葉を聞けるとは。うん、任せて欲しい。それで買い物自体は?」
そう言って苦笑する。善吉叔父さんの苦笑は珍しいが、お金を使えとは滅多に言われないだろう。私も言ったのは初めてかもしれない。 それに使うというなら、私の方がとんでもない。
「一部は半年後くらいになると思いますが、主力は1、2年先です」
「それくらいにアメリカ株と経済が一番酷い状態になるわけか。玲子ちゃんもなかなかに商人だな」
「私、お買い物は少しでも沢山買いたいですから。それに、向こうに喜んでもらえる機会は逃したくもありません」
「もっともだ。じゃあいつ買うかは、順次教えてくれ。受け入れ態勢はこっちで整えるから」
満面の笑みでの答えに、善吉叔父さんの頼もしいお言葉。表情もよく見る弱気なものではない。 だから私は、こう返すだけだ。
「宜しくお願いします」
「おい玲子よ、わしにも「宜しく」してくれんか? 工場をデカくするんだろ?」
善吉大叔父さんとの話を待っていたらしい虎三郎が声を上げる。確かに、でかい製鉄所、色々な工場を上で仕切るのは虎三郎だ。
「うん。虎三郎、お願いね。来年くらいから本格的になると思うけど、日本も一旦不景気になる筈だから、人は集めやすいと思うわ」
「そこまで見てるのか。だが、工場を作って製品を作るのはいいが、売れるのか?」
虎三郎が腕を組みながら首を傾げる。 今まではそれなりに日本も景気は良かったが、これからは不況確定と見ていればそうなるだろう。 しかし私は、この先を知っている。
「政府が積極財政政策に大きく傾く筈だし、鳳からも献金して鳳への公共事業拡大をさせるから大丈夫」
「その上、金も社員中心にばら撒くわけだから、買い手も多少はいるわけか」
「うちでばら撒く分はしれているから、日本全体での景気拡大政策に期待ね。けど、大きくなる筈だから、他の財閥が尻込みしている間に鳳の図体を大きくするの」
「その話は前も聞いたな。だが、そこまで上手く行くのか?」
意外に気弱な虎三郎だ。だから私はこう返すことにした。
「行かないなら、行かせるのよ!」
多少弱気になっていた自分を鼓舞する意味もあったが、こう言い切ってこその悪役令嬢だろう。