■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  185 「一夕会会合?」 

(今ここに爆弾を放り込んだら、日本の軍国主義があさっての方向に行きそう)

 益体もない事を妄想しつつ、目の前の状況を眺めていた。
 龍也お兄様のパーティーの後に、お兄様に呼ばれてフラフラと足を運んでしばらく待つようにと頼まれ、当然快諾したまではよかった。
 いやその時点で、私はダメダメだ。それでも一応理由は聞いたのだから、私は悪くない。いや、良い悪いの問題じゃないけど、少人数を呼んでの二次会があるからと言われ、その顔出しだけお願いされた。
 まだ夜も浅いし、イガグリ頭の群れも数が減るなら構わないかと安請け合いした。

 そして喫煙室でタバコを済ませたイガグリ頭の紳士諸君が、ゾロゾロと部屋に入ってきた。
 場所は鳳ホテル内の小会議室。20人くらいの会議をするのに適した広さ。調度もホテルとしてのものを整えてあるから、少人数の会合に使えるほど。

 そこに集まったのは、一夕会(いっせきかい)の連中。
 そしてこの集まり、さっきより濃い。凄く濃い。後で調べたりもしたけど、要するに一夕会の幹部連中で、陸軍の陸軍省と参謀本部の実務を行う中堅要職に就いている連中だ。
 さっきと同じく、私の前世の記憶にない顔もいるけど、さっきと違って真剣に全員の顔と名前を覚えておく事にした。

 そして知らない顔も記憶し終え、斜め上へと視線を向ける。そこには、つまり私の隣にはお兄様が座っている。
 しかも私とお兄様の席は、上座のすぐそば。
 私の視線に気づいたお兄様は、一度小さく笑みを浮かべると頭を下げて口を私の耳元へと寄せてくる。
 30歳になろうがイケメンに変化はないし、前世はアラフォーだった私としては、むしろドストライクな年齢なので、油断したら顔が崩れて頭がクラクラしてしまいそう。
 しかも耳元でのささやき声なんだから、目の前の眺めなど気にならなくなるくらいだ。

「ごめんね玲子。俺の隣で話を聞いているだけで良いから。本当はご当主に出席してもらおうと考えていたんだけど、玲子に顔を出させておけって事だから」

「じゃあ終わったら、お父様にうんと文句言ってやります」

 返事に、こちらもお兄様の耳元で囁(ささや)く。そうするとお兄様の再度の笑み。
 少しイガグリ軍団の目線が痛いけど、気にしない。それに一部の連中は、なんだか私とお兄様のやり取りに癒されたような目線になっているので、おっさん連中は手加減してくれるだろう。
 ただ、問題児が一人。

(なんで、辻政信だけいるんだよ。空気読めよ。いや、読んだら辻じゃないか)

 そんなセルフツッコミをしつつ視線を再度巡らせていると、辻と目があったけどニッコリ微笑まれた。別に宗教してそうでもないし、危ないクスリを決めてそうでもない、いたって普通の子供に向ける笑み。
 敵にはしたくない相手なので、取り敢えずこちらも小さく笑みを返しておく。

 辻がこの場にいるのは、お兄様の下の連中の代表として。血気盛んな青年将校への、先輩達からのちょっとしたガス抜きだ。ただ、本来なら服部がこの場にいるべきなのに、服部は辞退して辻がいるのが、なんとなく二人の性格を現しているように思えてならない。

 それはともかく話し合いだ。
 それぞれの席には、数冊の冊子が置かれている。作りの荒い薄い本(同人誌)のような感じだけと、表題と著者名で私はドン引きだ。
 『総力戦研究報告書』とされ、『甲乙丙丁』と四つありそのうち『乙丙丁』が机の上にある。そして著者は、お兄様だ。
 それでもタバコタイムを待つ間に多少時間があったから、前書きや目次、それに内容をできる限りざっと見てみた。
 それぞれの内容は、『乙』がドイツの第一次世界大戦での総力戦研究レポート、『丙』がアメリカの同種のもの、『丁』が日本がどのように国家総力戦を遂行するべきか、その問題点と課題、と言った感じだ。

 ちなみに『甲』は、何年も前にお兄様が書いたもので、一部の人達がお兄様に心酔したやつだ。これには私の大チョンボなたわ言、私の前世の知識が一部反映されてしまっているから、お兄様的には私も責任取れって事なのかと思ってしまう。
 甘いだけじゃないのが、お兄様だ。
 そして自分にも甘くないのも、お兄様だ。

 何しろこの3つのレポートというか論文は、ドイツ留学中に年1つのペースで書いている。しかもドイツ留学中の本業とは別でだ。
 どんだけ頭良いんだよ、ってツッコミの一つも入れたくなる。けど、これがお兄様の平常運転だ。ドイツに行く前も、毎年のように論文やレポート、記事を書いていた。
 しかも上目線からの啓蒙や啓発、宣伝が目的じゃない。内容はかなり散文的ながら正確無比で、夢想的だったり実現困難な事は書かれていない。しかも手厳しい評価や内容が多い。軍人、経済人にとっては、耳が痛い内容が少なくない。
 政治的問題は可能な限り避けているけど、幾つか見たレポートを読む限り、そしてお兄様との会話などから、分かっているけど書いていないだけだ。

 そうした遠慮はお兄様の欠点だけど、美徳でもある。一方で軍人は政治に関わらないという点では、軍人同士からの受けも悪くはない。
 他にも色々あるだろうけど、単にお兄様が財閥&華族だからこうした場が設けられるんじゃないだろう。人徳や人望があるからだ。あと四半世紀後に帝国陸軍が存続していたら、軍のトップも十分あり得ると私などは思っている。
 とまあ、お兄様を褒めちぎるのはともかく、なんで私がお父様な祖父の代わりにこの場に顔を出しているのかだ。お兄様の説明もほぼゼロ、お父様な祖父に至っては何も言っていない。
 だからしばらくは、お人形さんのようにだんまりを決め込む事にする。

 そうして人数も揃って、二次会とは言い難いかなり堅苦しそうな雰囲気の中で会合が始まる。ほとんど密談会場といった雰囲気だ。

「改めて、鳳龍也大尉の帰国祝いに来てくれた事、感謝する」

 そういって議長なのだろう永田鉄山が話し始める。真面目そうな秀才参謀を絵に描いたような風貌。少なくとも野心家には見えない。もうすぐ少将昇進というけど、お父様な祖父の方が余程将軍らしかった。
 そして会議に参加している人達も、見た目はともかく雰囲気は似たり寄ったり。頭のいい秀才集団なのだと実感させられる。
 あの牟田口廉也も出席しているけど、こうして見ていると普通に秀才参謀だ。まあ、軍の実務の要職に就くぐらいだから、実務能力は高いんだろう。出来ればそのままずっと、机に縛り付けておいてほしいものだ。

 そんな私の内心の感想をよそに、話し合いが始まる。
 主な議題は『満州事変』をどう起こすか、ではなかった。ちょっと期待していたけど、もう少し真面目な話題。
 お兄様がドイツ留学中に書いたレポートについて、当人を前にして意見を交わすというものだ。そして聞かれた質問に、お兄様が直に答える。
 正直、何で私が呼ばれたのか分からなかった。鳳当主の代わりに見ておくのが役目なんだろうけど、話を聞いている限り事後報告で済むレベルだ。
 そんな事を思っている時だった。

「それではここで、少し第三者の意見を聞いてみたいと思います。玲子」

(は?)

 お兄様の言葉に、思わず見つめてしまう。そして見返されて、しかも小さく頷かれる。当然、周りの視線も集中している。

(逃げ場なしか)

 そこで目の前のコップで喉を少し潤すふりをして、さらにゆっくり目に立ち上がる。
 当然、時間を稼ぐ為だ。そしてその間、頭はフル回転。心底悪役令嬢なこの体のチート頭脳には感謝する。前世の私なら、頭が真っ白になって、「あ」とか「う」とかしか言えなくなっている。
 それに転生してからの色んな人との対面で、度胸もついているし弁舌だって滑らかだ。多分。

「今回は見ているだけだと思っていましたが、皆様の前で話す機会を下さり感謝致します。ですが皆様、あくまで子供の素人意見、感想に過ぎませんので、気分転換の言葉程度にお受け取り下さい」

 そう切り出した。この間も頭の一角はフル回転継続中。本気で知恵熱が出そうだ。

「また私は、『甲』以外の冊子をまだじっくりと目を通しておりません。ですから、概要しかまだ存じ上げません。そこで、皆様が話されていた事を中心に述べさせて頂きます。
 また、皆様の前で軍事について語るのはお恥ずかしいですので、その点はご容赦のほどよろしくお願い致します」

(あー、なんか弁論大会とかクラス発表思い出すなあ。いや、むしろこれは社会人になってからの会議とか報告会での発言か……今となっては懐かしいかも)

 その気になれば別の事を口にしつつ、違う事を思ったりもできる。二人分の頭脳や魂があるわけじゃないから、この体のオツムのおかげだ。

「さて、私は既に『甲』に関しては何度も目を通していますし、龍也叔父様と『甲』に関して話し合った事も御座います。それを踏まえて言いますと、『乙』『丙』『丁』共に従来の龍也叔父様の研究の延長であると認識しています」

 改めての定義に、周りの何人かが軽く頷いたりする。
 これで最低限のコンセンサス、意見の一致は十分だ。

 そしてここからが本番だ。

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