■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  186 「総力戦の結末は?」 

「『乙』はドイツの第一次世界大戦時についての研究ですが、特に従来の論文、研究の延長です。より詳細で洗練されていますが、特筆するべき点は無いと判断します。
 もちろん、ドイツより産業や技術が遅れた現在の日本が参考にするべき点、見習うべき点は多数ありますが、そのまま日本に当てはめる事には問題が多く、応用が必要です」

 幼女が喋っているおかげか、「そんな分かり切った事言うな」などと言うヤジも飛んでこない。実に助かる。何しろ、まだ頭はフル回転継続中だ。同時に2タスクも動かせるチート頭脳、マジ感謝。

(あー、考え過ぎてる。頭の糖分がモリモリ減っているなあ。後で、思いっきり甘いもの食べよう)

「次に『丙』は、最も資本主義経済が進展しているアメリカに関するドイツと同様のものです。こちらは、日本経済の未来を予測する、もしくは将来の参考にすると言う点では優れた事例だと考えます。
 平時においては、ゆとりを持ち成熟した資本主義経済を拡大・継続し、有事にそれを一気に国家総力戦に傾注、転換すると言う形は、将来あるべき日本の姿の一つでありましょう」

 ここで一息。これで終わっても良いけど、鳳の宣伝の一つも少ししておくべきだろうと思ったからだ。

「さらに一言だけ言わせて頂ければ、現在鳳グループが将来的に目指している日本経済の姿も、大きくはアメリカと似た形態です。別段、アメリカを模倣するのではありませんが、現状のアメリカ経済の形態こそが、収斂進化的に将来の姿だと判断しているからです。この点については、鳳グループ内の総合研究所で研究結果が出ております」

 多少は意味のある事を言ったと思ったのに、なぜか反応がない。やっぱり、昭和の軍人は財閥が嫌いだからだろう。それにここに集まっている軍人は、軍備の為に統制経済や社会主義的、国家主義的な経済を目指している。反応が薄くて当然だ。
 けど、ここで言葉を止めるわけにはいかない。全部言い切らないと、この頭の良い集団は納得してくれないだろう。
 だから全力回転しつつ考え、何とか結びまで持っていくべく言葉を続ける。

「『丁』については、現在の日本と他の事例を比較対象しつつの日本への応用と今後の課題の総括ですが、どの国の事例であっても、あくまで参考にしかならないと考えます。
 しかも、よく似た事例が殆ど見当たりません。地勢、近隣情勢、国内および近隣の地下天然資源、その他様々な要素が違い過ぎています。そして課題も多くあります。
 ただし私は、財閥一族の者です。経済以外で語れる言葉は持っておりません。ですから言えることは、5年、10年先ではなく、最低でも四半世紀先を見据えないと、何をしても中途半端に終わる、という事になります」

 「ご静聴ありがとう御座いました」とまでは言わなけれど、言葉を言い切ったら深めに一礼し、そしてお嬢様らしい仕草を心がけつつ着席する。

(私、無難に『それらしい事』だけ言ったわよね。……ねえ? 何で沈黙してんのよ)

 グルーっと周りを見渡し、最後にお兄様へと斜め上に視線を向ける。そうしてかち合ったお兄様の目は、ダメ出し目線だった。
 そして周囲の目があるから、お兄様は何も言ってはくれない。

 翻って秀才軍人どもを見るも、辻ですら辻ムーブしてくれない。みんな何か考えている。
 対面に座る東条英機だけが、しきりにメモを書いて見返してを繰り返している。そう言えば私が話している間も、しきりにメモっていたような気がする。何だか、目の前で提出した書類の添削や査定をされている気分だ。
 そして、沈黙に我慢出来ず「あのー?」と声を上げようとした寸前、上座の永田鉄山が私の方を向いた。

「玲子さん。お話ありがとう。大変興味深かった。あと、幾つか質問をさせてもらっても良いだろうか」

「はい。お答えできればよろしいのですが」

 なるべくお澄ましでそう返したけど、永田鉄山は真面目モードで、パーティー中のおっちゃんな感じがない。
 今度は、面接させられている気になる。

「日本が国家総力戦を遂行する場合、現状ではドイツの応用を実行し、将来はアメリカの応用を目指す。これで良いかな?」

「はい。それしかないと思います」

「では、日本がアメリカの応用を出来るようになるのは、やはり四半世紀後かな?」

「それくらいに出来れば、早い方だと思います」

「早い方ね。現実的な数字は?」

「そうですね。もう10年。30年以上はかかるでしょう。アメリカ経済は、先に進み過ぎています」

「先に、ね。これは興味本位で聞くんだけど、アメリカで株が大暴落したのも先に進み過ぎていたからかな?」

「あれは、実態経済を伴っていないのに株だけが走り過ぎた上に、十分な安全策を講じてこなかったからでしょう。もっと安全策を講じていたら、あそこまで酷い事にはならなかった筈です」

「将来の日本は、ああはならないと?」

「そうですね。先例が出来た以上、様々な対策が講じられていく筈です。ただ、日本があの域まで達するのは、四半世紀は先の話です」

 「なるほど」そう言って沈黙してしまった。
 何が聞きたかったのか、いまひとつ私には理解できなかった。
 だからこちらから切り出そうとしたら、別の場所から小さく挙手がある。
 東条英機だ。

「計画経済について、何かご意見などありますか?」

(あえて避けてきたんだけどなあ)

 永田の代わりに言ったんだろう東条英機の言葉にそう思いつつ、幼女の特権でこの機会に好き勝手言っても良いだろうと思えた。

「単なる統制的、社会主義的なものでしたら、アメリカで行っても一定程度の成功を収める筈です。ですから、産業的には新興国の日本であるなら、計画と規模さえ間違わなければ十分な成果は達成されると予測します」

「玲子さんが考える計画と規模とは?」

「ソ連と同じくらいの事ですね」

「ソ連と? もう少し具体的に」

「五カ年計画、まあ3年でも10年でも構いません。肝心なのは、徹底的に行う事です。ですけれど」

「けれど?」

「日本でソ連と同じ事をするには、現在の政治形態では半分は不可能です。噂で聞いた、右翼が目標としている統制的な統治体制でも全然足りません。だから、先ほどは口にするのを避けました。本来は、私が言うべき事ではありませんので」

「そうかもしれませんね。では、もう半分は?」

「今、鳳が全力で取り掛かり始めています」

「ふむ。失礼。私は経済のことには疎い。要約して話す事は可能でしょうか?」

「そうですねえ、アメリカから大きな工場を丸ごと買って、そのまま日本に据えてしまうんです。あとは人を揃えれば、アメリカの出来上がりです。ソ連が今行なっている産業計画も、突き詰めてしまえば、それをしているんです」

「鳳グループが行なっている各種建設計画は、確かにその通りだ。それでもう半分が、ソ連と同じ政治形態の実現というわけですね」

 東条英機の言葉が少し多くなっている。私の言った事を同じくらいか、それ以上に理解してくれた証だ。
 けど、東条英機の言葉の後半には、否定も肯定もしない。向こうも返事は求めていない。多少強めだろうけど、回答はしてあげた事を理解してくれているからだ。
 だから一服つくと、すぐに別の挙手。
 辻だ。軍オタの人気者「辻ーん」だ。スッゲー良い顔してるのが、もう泣きたい。

「先輩諸氏をさし置き、まずは失礼申し上げます。ただ、一つだけ鳳に申し上げたい事がありました。鳳が軍に寄贈した土木機械は、実に素晴らしい。未だ試験運用段階ですが、運用する現場では絶賛する声数多。それをお伝えしたく、発言させて頂いた次第であります」

「そ、そうですか。お役に立って何よりです」

 にこりと笑顔。こいつには言質を取らせるような余計な事を言ってはいけない。そう魂が告げている。
 だから話を切ったのに、話が終わりじゃなかった。

「はい。今後とも宜しくお願い申し上げます。それと、個人的な興味で一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「な、なんでしょうか?」

「あれ程の機械を大量に必要とする次代の戦争について、伯爵令嬢はどのように予測しておいでなのか、その一端なりともお伺いしたく」

「辻!」

 私がリアクションをする前に、私の対面に座る東条英機の叱責の声。東条英機って、基本、良い人だ。まあ、横紙破りが嫌いっての十分ありそうだけど。

 そして辻も分かって切り込んできたので、「失礼致しました」と頭を下げて引き下がる。私の反応が見たかっただけだろう。
 けど私としては、辻の言葉を聞いて今後こんな機会は無いだろうと思えた。だから、お兄様に視線を送ってみる。すると小さくため息をするお兄様。「やっちまえ」だと私は解釈した。
 だから再び起立して周りを見渡す。
 立ってようやく、大人より少し目線が高くなる程度だけど、それで十分だ。

「子供の戯言で宜しければ、お答え致しますが?」

 すると辻は、スッゲー目力込めて「是非に」とのお答え。辻以外も一斉に視線が私に向く。
 (なんだ、お前らそんなに幼女が好きなのか?)と、心でジョークの一つも言いたくなるくらいの雰囲気。
 答えた辻なんて、めっちゃ嬉しそう。待ってましたとばかりの表情だ。

 ちょっと失敗したかと思うけど、もう遅い。一度は辻を止めた東条英機までが興味深げな視線を向けてきている以上、答えないわけにはいかない。一応、議長格の永田鉄山に顔を向けると、小さく頷くのも確認完了。
 だから軽く唇を舌で濡らし、全員に伝えておくことにした。私が毎夜のごとく見ている、未来の戦争ってやつを。

「今回のレポートの主題は、今後の国家総力戦についてだと認識しています。にも関わらず、論文にも皆様のお話にも欠落しているものがあります」

 「それは何かな?」とは永田鉄山の呼び水。相当興味深いと見える。だから望み通り言ってやる。

「結果です。特に今後、列強間の全面戦争が起きれば、更なる技術の発展により『銃後』というものが一切無くなるという結果です。
 先の世界大戦において、ドイツがロンドンを爆撃したような事例が、先端技術を投じることで世界の全てに及ぶようになります。
 これはイタリアのジュリオ・ドゥーエも提唱しているので、皆様よくご存知でしょう。
 また、先の世界大戦は、国家が総動員した軍隊同士の戦争でしたが、次の戦争は文字通りの国対国の戦争、本当の意味での『国家総力戦』となるでしょう」

 ここで一旦言葉を切る。やめるか続けるかを、自分自身で考え直すために。けど、周りの空気も考えると、続けるしかないと判断する。

「戦闘において後方は無くなり、互いの本国の生産力、国力そのものを直に破壊する事が最大の目的となります。銃後、後方、敵本国を効率的に攻撃する事が、技術的に十分可能となるからです。これは、無制限の潜水艦による海上交通破壊程度では済みません。
 そうする事が最も効率的に、敵戦力を減ずる事が出来るからです。投じられる兵器は、今の我々が想像すら出来ないほどの大きな破壊力すら有するようになる筈です。一撃で都市を壊滅させるような兵器すら、遠くない未来に登場してくるでしょう。
 そして国の全てを投じ合う『国家総力戦』ですので、場合によっては相手の国土全てを軍靴で踏みにじり、完全に滅ぼすまで戦争は終わらないでしょう。
 それが私が予測する、未来の国家総力戦とその結末です」

 今度こそ「ご静聴ありがとう御座いました」と付け加えようかと思ったけど、やめておいた。
 最後を強い言葉で締める方が、印象に残ると思ったからだ。
 そして私の言葉を少しでも覚えている人は、多少は自分達がどこに向かおうとしているのかを考えてくれるだろうと期待した。

 期待程度しか出来ないけど、期待くらいしても良いだろう。
 何しろ目の前にいるのは、日本最高の頭脳達だ。これで期待の一つも出来ないのなら、私程度が何をしても無駄だ。

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辻 「以上のように、実に素晴らしいお話でありました!」
西田「私も是非その場に居合わせたかった!!」
服部「俺、実はこっそり隣の部屋で聞き耳を立てていた」

石原「最終戦争論の一部だな。俺と同じ考えに至った奴がお嬢ちゃんとは、傑作だな」

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総力戦 (そうりょくせん)(total war):
軍事力だけの戦争でなく、国家全体の人員、物質、イデオロギーを用いて行う戦争。
第一次世界大戦、第二次世界大戦が典型例。
対になる言葉に限定戦争や制限戦争、非対称戦争などがある。

ジュリオ・ドゥーエ:
イタリアの軍人、軍事学者。
著書『制空』は、世界的な反響を呼び戦略爆撃の思想に影響を与えた。
軍隊ではなくその後ろの国そのものを、市民丸ごと攻撃することを主張した。

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