■「悪役令嬢の十五年戦争」
■ 192 「11歳の誕生日会(4)」
「今日は子供として一日を楽しむのなら、男女別室は納得いかないのだがな!」
なぜか勝次郎くんが吠えている。龍一くんも同意らしく、ウンウンと強く頷いている。 だから私は、こう言う場合の『作法』というものを教えるべきだと瞬時に理解した。
そう、まずは男女別室。その後、勇気ある者、下心のある者、淡いほのかな想いのある者が、それぞれの魂の赴くまま別室へと遊びに行くものだ。 それに、女子には女子の、男子には男子の話というものもあるだろう。ずっと男女一緒だと、そういう楽しみも出来ない。 そんな話を、数分間かけて滔々(とうとう)と説いて聞かせた。
ただ、話を聞いていた半数程度は、こいつ何言ってんだって表情。もしくは、理解できていない表情だ。 私としては、前世の遠い記憶の彼方にある修学旅行や林間学校でのお約束を説いて聞かせたのだけれど、私がおめかしした姿に戸惑う程度のお子様にはまだ早かったらしい。 するとそこに、小さく挙手する白い影。
「山崎様、現実問題として、一つの部屋で休むには15人は人数が多すぎます。我々のような者は一向に構わないのですが、皆様には少しお辛いのではないでしょうか」
私から見れば演技丸見えだけど、真っ白な美幼女が儚げにしかも恐縮して遠慮がちに話す。 こういう芸当もできたのかと少し感心するけど、それ以上に笑いそうになったから、頑張って内心に押し込める。 そうして向けた視線の先では、一瞬悩む勝次郎くんの姿がある。構わないと言うのは簡単だけど、身分差を出されると上に立つ者として応えないわけにもいかないからだ。 そして身分差を優先する考えが優ったらしい。
「そこの娘の言う通りだな。詮無いことを言った。しかし、玲子の言通り時折遊びに行くので、鍵を閉めたりするなよ」
「オーケー。夜は長いわ。存分に楽しみましょう」
「……なあ、子供らしく過ごすんじゃないのか? 今の言葉、少しエロだぞ」
「女の子はいいのよ。じゃあ、また後でね」
そう言って、納得いってないままな表情の勝次郎くんの前で扉を閉める。 そうして女子だけとなった部屋には、私と瑤子ちゃんと6人の私の側近候補の女の子達が残る。男子の方は、鳳の子供達と勝次郎くん、それに輝男くんと2人の側近候補。合わせて7人。 だから男女別は、人数的には丁度いい部屋割りとなる。
そして女子全員が私支給のパジャマを着用し、女子会の情景の完成だ。
「じゃあみんな、適当に好きな場所でくつろいでね。お菓子も飲み物もあるから、好きなだけ食べて。それと持って帰りたければ、幾らでも用意するから取り置きとかしないこと。あとは……騒いでも防音しっかりしているし、どうせ屋敷の周りはうちの庭だから大声あげても平気よ。とりあえず、こんなとこかしら?」
言いながら見渡すと、最後にお芳ちゃんへと視線を向けると「いいんじゃない」と合格点。いや、声色からして及第点だろう。 そんな私を瑤子ちゃんがしみじみという。 「玲子ちゃん、活き活きしてるね」
「そう? けど夜中ってテンション、じゃなくて気分が高まらない?」
「そうかな? でも私、こんなお泊まり会初めてだから、それは嬉しい」
「お嬢は、しょっちゅう私達を部屋に呼んでいるけどね」
「エエっ、いいなー。私も側近か年の近いメイドを付けてもらおうかなあ」
そんな瑤子ちゃんの言葉に対して言いたいことをグッと我慢して、別の言葉にする。
「中等学校に上がったら付くんじゃないの?」
「うち、お父様の方針で家はそんなに大きくないから、手伝いの女中さんも日帰りで来てるくらいだよ。それでもお父様は、贅沢だっておっしゃるのよね」
「さ、さすがは龍也叔父様ね。け、けど、上に立つ者、裕福な者は、逆にちゃんと贅沢するべきだと思うの」
「お嬢、言葉がどもってる。まあ、お嬢は鳳一族でも別格だし、別にいいんじゃないの? ねえ、ミツ」
熱心にお菓子を食べていたみっちゃんが、突然振られてしどろもどろしているのはいつも通りだ。かわいそうに、むせて返事が出来ないでいる。 それを別の側近候補の子が世話をして、そこからはのんびりとした女子トークとなった。
ただ、まだ少女とは言い切れない年齢なせいか、会話が子供っぽいし、恋バナ、男女の話などが出ることもない。 そもそも側近候補の子供達は、どこからか買われたか、拾われた子供だから、鳳に尽くすのが第一と教え込まれている。衣食住は平均以上を与えられているけど、余計な事は考えないものらしい。 お芳ちゃんは変わっているから除外するとしても、みっちゃんでもそんな風に考えている。 だから他愛のない話をしつつ、お菓子を食べるという昼休みとさして変わらない情景が展開されてしまう。
(女子会はまだ早かったかなあ。けど、子供の頃のお泊まり会とか、すごくテンション上がったんだけど、この時代の子とは感覚が違うのかなあ)
身近な瑤子ちゃんが、私と比較的感覚が近いから気にしていなかったけど、時代とか関係のない感覚だと誤解していたみたいだ。 それでも、新しい側近候補の子たちとは、それなりに話したり多少は打ち解けられたと思う。 上下関係はあるし意識もしないとダメだけれど、これからもずっと一緒だから良好な関係を作るのは大切だ。
そして小一時間も、お菓子をつまみつつのそれなりに気軽なトークが盛り上がっていた頃だった。 「来たぞ」とドアの外からのくぐもった声。 それに「どうぞ」と返事をすると、男子どもが入って来た。しかも全員。だからジト目を意識しつつ、主に勝次郎くんに視線を向ける。
「全員だと狭いから部屋を別れたって話覚えておいでかしら、勝次郎様?」
「フッ、俺を誰だと思っている。対策を立てて来た。だから全員だ。これを見ろ」
ドヤ顔で言った後で出して来たのは爪楊枝が15本。先端が赤いのと黒いの。片方は無色でも良いのに、わざわざ塗るところに子供っぽいこだわりを感じてしまう。 黒が男子部屋、赤が女子部屋なんだろう。
「色々話したんだがな、これが公平だろうという結論だ。黒を引いたら俺たちの部屋、赤を引いたらこの部屋だ。そして30分ごとに引き直しだ。さあ、玲子から引いてくれ」
「準備が良いわね。けど、この1時間そんな事を話し合っていたの?」
「まさか」
「2、30分かな?」
勝次郎くんに変わり冷静に答えるのは玄太郎くん。ただ、時間を計っていたのは、どうかと思わなくもない。 だから少し半目で玄太郎くんを見つつも、「それじゃあ」と私からくじを引く。
「お先に失礼。誰が来るのか、楽しみにしているわ」
そして一番に引いた私は黒だったので男子の部屋へ。全員に見送られつつ、私の部屋を後にする。 主賓の私が誰が来るのかを待つ。これはこれで盛り上がるので、アイデアとしては悪くはないと思った。
(そう思った事もありました)
「……何か、作為を感じるわ」
「公平にしたぞ」「うむ当然だ」「その通りだ」「不思議だよね」「間違いありません」
と、男子ども。全員が攻略対象達だ。 こんな形で全員集合するとか、内心で何かの作為を感じてしまいそうになる。 そして男子部屋は7人なので残り一人なのだが、「私も見てたよ。あ、私はお構いなく、皆さん楽しんで下さい」とは白銀幼女のお芳ちゃん。 一方では別の危惧も思い浮かぶ。
「ねえ、それより向こうの部屋って、瑤子ちゃん以外私の側近ばかりだけど大丈夫よね?」
「瑤子様は、ミツや他の子とも仲良くしているから大丈夫じゃない?」
「ボクも芳子ちゃんの言う通りだと思うよ。瑤子ちゃんは、玲子ちゃんがいない時でもみんなと仲良くしているし、大丈夫だよ」
「そう。まあ、二人が同じ論評なら大丈夫か。さて、何を話すの? それとも何かゲームでもする?」
そこで全員がふと止まる。 7人だとトランプをするには多すぎるし、30分だと長い時間のゲームは難しい。 部屋の隅には、トランプ、将棋、チェスがある。21世紀ならリバーシも定番だけど、その手のゲームは私は普及させていない。すごろくは出していないし、ボードゲームの類もない。 そこに小さく挙手。少し意外だけど輝男くんだ。
「今日は玲子様のお誕生日です。玲子様の好きな事をしましょう」
(そう言って、私が決めろという事か。意図してないんだろうけど、見事に返されてしまったなあ)
私の想像通り、他の男子どもは輝男くんに「ナイスセーブ!」な表情が並ぶ。
(まあ、みんなの中で輝男くんの株がちょっとでも上がったなら、良しとするか)
そう思いつつ、ノープランな私はノープランらしく振舞う。 これが通るのも今日だけだ。
「30分じゃあゲームとかするにしても中途半端だから、お話ししましょう。それと、次の交代は1時間にしない?」
「そうだな。寝るのが夜中遅くなり過ぎてもいけないと思って30分交代としたが、30分だと話すだけで終わってしまうな」
「もっと簡単な遊びがあれば良いんだけどなあ」
「簡単ねえ・・・あっ、一つあるわよ。とっておきが」
勝次郎くんと龍一くんの言葉に、ピンときた。 そう。お泊まりの時の定番の遊びを一つ忘れていた。女子会ではなく、子供同士で騒ぐのならうってつけのものが一つある。 既にドヤ顔であろう私に、全員の視線が集中する。 だから私は、手近にあった枕を一つ手に取って、一番間抜けヅラを晒していた龍一くんの顔にシュート。
「これを投げ合うのよ!」
そこからは大乱闘となり、一人物陰で本を読むお芳ちゃんを除き、余計なものを全部脇にやった上で布団による仮の陣地まで作り、3対3に別れての壮絶な応酬が始まった。 子供同士なら、枕投げは定番だ。 そしてこの年なら、私も男子には体力と腕力で負けていない。こうして、全力でぶつかれるのも、せいぜい来年くらいまでだろう。 だから全力で遊ぶことにした。 そして男子どもも、容赦なく全力でかかってきてくれた。 一人輝男くんは私の側でガード役を買って出てくれていたけど、それはそれで良いチームプレイとなった。
さらに30分後、別の部屋の子供達にも伝授。4チーム、私、勝次郎くん、玄太郎くん、龍一くんのチームに別れたトーナメント戦を行った。 まあ、勝ち負けとかどうでも良い。みんなで何もかも忘れて騒ぐ。これこそが子供ってもんだ。
「アハハハハハハっ! たのしーっ!」
騒いで負けて布団に大の字なってと、こんな事は今しか出来ない。 まだ1年あるけど、ある意味私にとっては子供としての卒業式のようなものとなった。
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リバーシ: リバーシもしくは「オセロ」。 異世界転生者がお手軽に普及させる定番ゲームの一つ。
枕投げ: 当てても安心な柔らかい素材だけでできた枕の誕生を待たないといけないので、日本での発祥は意外に遅い。 一説では、戦時中の集団疎開の頃だという。 子供の集団生活な上に娯楽が少ないから生まれたのかもしれない。