■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  238 「テロの予兆?」 

 
 1932年が明けた。
 曾お爺様のいない、最初のお正月。だから今年の正月は少し地味目になる。この2月には一周忌もあるから、それまで鳳一族は比較的静かに過ごす事になる。
 だから今年の正月は、例年に比べると静かだった。
 それでも二日からは、一族が集まった。三日には、鳳一族に仕える中枢の人達、鳳グループの中枢に属する社員も入れ替わり挨拶に来る。
 喪中なので地味で静かにしているけど、今や大財閥なので何もかもを喪中という事でしないわけにはいかない。

「ふうっ。これで客もひと段落だな」

「お父様、お疲れ様」
 
「玲子もな」

 三が日が終わって、居間で近しい人達くつろぐ。
 私とお父様な祖父、書生扱いの私の側近候補の子供達。それに使用人達。時田は、奥さんで私付きの初代メイドの麻里と一緒に、正月休暇を無理やり取らせて、今頃は熱海でのんびりとしている筈だ。
 逆に帰国予定がないので、セバスチャンもいる。

「ねえ、セバスチャン。トリアとリズもだけど、今更だけど日本の休暇合わせで構わないの?」

 セバスチャン以外にも、壁際に並ぶブロンドと赤毛のメイドにも視線を向ける。

「はい。問題ございません。通常で十分な休日は頂いておりますし、鳳は他の日本企業に比べると休暇や福祉制度が充実しています。それに多く頂いても、あまり使い道がありません。それに出来るなら、お嬢様のお側に仕えさせて頂きたく」

「私もです。帰国して家族に会うとなると、往復で3ヶ月は必要です。逆に日本でとなると、多くの休日を頂いても持て余してしまいます」

「私は日曜礼拝の時間と祝祭日の休暇を頂ければ問題ありません」

 3人のアメリカンのうち、リズは淡々としている。三が日も、元旦以外は当人の希望で仕事に就いていた。
 だから、他の二人より興味が向いた。

「リズは信心深いのね。じゃあ他に何かない? 休日以外で良いなら、大抵のものは買ってあげられるわよ」

「それでしたら多様な銃器と、それに習熟する時間を頂きたく思います。可能なら熟練した方との合同訓練の機会も」

「えーっと、それ仕事よね?」

「いえ、武器の扱いと習熟は趣味も兼ねています」

「じゃあアメリカの家には、クローゼットの中に銃器が並んでいたりするの?」

「並べられるほどサラリーは頂いていませんでしたが、数丁程度は持っていました」

 武器に詳しいけど、ガンマニアでもあった。この時代のアメリカ人なのに、時代を先取りしすぎだ。

「そ、そう。じゃあ今度、1ヶ月くらい時間をあげるから、大陸で好きなだけ弄って訓練できるようにしましょうか?」

「是非に!」

 めっちゃ圧が強いし、本気で嬉しそうだ。
 そんな姿を、「人それぞれだなあ」と見返してしまう。同時に、興奮気味でも生来の下町訛りが出ないあたり、この娘の性格や性質を表しているとも思えた。
 そしてそのまま、視線を他の二人のアメリカンと、武装メイドでもあるシズにも向ける。幸い3人は首を横に振ってくれた。
 けど、この3人も、鳳が持っている山での『警備員』の訓練や、鳳の船に乗って沖合に出て行う、ほぼ極秘の拳銃以外の射撃訓練に参加していたりする。先日は、輝男くんとみっちゃんも行っていたと聞いた。
 拳銃程度なら、屋敷の地下で日課にすらしている。

 なお、沖合に出した船で行うのは、今の日本で非合法な銃器を含むから。山奥でもいいけど、証拠が残る可能性もあるので海の上で行う。また銃器に関しては、隠し持っていたり黙認してもらったりしているけど、鳳がしている事はアメリカのギャングより酷い。大陸だと、下手な軍閥より余程軍閥らしい。
 この時代の日本のどのヤクザ屋さんより物騒な組織が、鳳警備会社とその母体となった鳳一族に仕える人達だ。
 そしてそんな人達を支配する、お父様な祖父は満足げに見ている。

「……ねえお父様、何考えているの?」

「ん? ああ、エリザベスさん、確か来年の春までだよな。うちにいるのは?」

「はい。左様です」

「その後はどうする?」

「契約終了の指示が出たら、私の任務は終了となります。その後は、ステイツに戻る事になるでしょう」

「そうか。じゃあ勤め先、いや忠誠を尽くす先がないなら、うちに入らないか?」

「鳳に、ですか?」

「うん。鳳一族に仕えるのが嫌なら、鳳の警備員でも良い。お前さんの腕は大したもんだ。給料は、お前さんの真のご主人様が出す以上を当面は出させてもらうが、どうだ?」

(普通、こういう事って、こっそり二人きりでしない?)

 他のアメリカ人が居る前で、抜け抜けとヘッドハントをされるお父様な祖父。そのふてぶてしさと言うか肝の太さは、本当に見習いたい。
 そしてリズの方も、十分以上に肝は太かった。
 お父様な祖父の言葉が終わると同時に、ピシリと九十度にオジギ。(ウンウン、日本のお辞儀も板についてきたなあ)と、感心している場合じゃない。

「では契約終了後、鳳にお仕えさせて頂きます」

 即答だ。あまりの急展開に、部屋にいた全員が「えーっ!」か「えぇ」な感じになった。勿論、当の二人は例外だ。
 私もかなり驚きつつもトリアへと視線を向けると、手で口を押さえている。そして手の奥に、どう見ても素で驚くトリアの顔があった。

「おお、そうか。なんなら、給与は欲しいだけ言ってくれ」

「それでしたら、先ほどの願いを可能な限り叶えさせて頂きたく存じます」

「よし! じゃあ今は予備契約という事で、来年春から頼むわ」

「こちらこそ、宜しくお願い致します」

 破顔するお父様な祖父に、クソ真面目に応対するリズ。
 最初に当事者以外で立ち直ったのは、セバスチャンだった。

「トリア、構わないのか?」

「え、ええ。私と彼女の契約相手は別だから、なんとも。でも、私は最初からステイツに帰る契約をしているくらいだから、多分問題ない筈」

 そうは言っても気にはなる。何しろ旅客機に乗れば半日で帰れるという時代じゃない。

「リズは、ずっと日本でいいの?」

「全く問題ありません。アメリカは私にとって、『クソ喰らえ』な思い出が殆どです。昔の友達はいましたが、家族、血縁もありません。それに鳳は、私に真の主人以上に報いてくれています。今もそのお言葉を頂きました」

「そ、そうなのね。……お父様、リズの素性とか調べた上ね」

「当然だろ。だからヴィクトリアさんには何も言ってないだろ。一応セバスチャンにも遠慮しているんだぞ。根無し草じゃないと、おいそれと誘えるか」

 またも抜け抜けと言うお父様な祖父に、セバスチャンとトリアが頭を下げる。3人の間には、何か知ってそうな雰囲気がある。

「……ねえお父様、それじゃあトリアの事も調べたの?」

「まあな。だが、玲子が気にするほどの事はないよ」

「何それ。あ、トリアごめんなさい。けど、この際だから当たり障りない程度で聞いてもいい? 上流階級の出身よねトリアって」

「……左様です。ご当主様はかなりをご存知ですが、その点のお話はご容赦を。
 私は自分の知性には自信がありましたが、アメリカでも女性が社会で活躍するのは難しいのが実情です。そこにお嬢様にお仕えすれば、事実上の第一線で働けると聞き、志願しました。丁度、離婚したところでしたし、一族の者には心の傷を癒す為、ステイツを少しの間離れたい、と。幸いというべきか、子供達は元旦那が引き取りましたし」

「あー、なんか、その、ごめん」

「いえ、お気遣いなく。そして願わくば、以前と変わりなく接して頂ければ嬉しく思います」

「うん。トリアはトリアだからね。じゃあ、脱線は終わり。それでお父様、みんなが居る前でリズを誘った理由は?」

「隠し事は、良くないだろ」

 そう言ってドヤ顔である。
 きっと、こうやって信頼できる部下を増やしてきたんだと思わせる顔だ。もちろん、相手によって手を変えるだろう。この手は、そうそう使えるものじゃない。
 多分だけど、3人のアメリカ人、3人の異分子に対するテストも兼ねていたと思う。
 そしてそれぞれの忠誠心を改めて確かめるような事をするには、相応の理由があるという事でもある。
 そこまで考えが及んだところで、小さくため息をつく。

「それで、お父様、こんな事をして、何か事が起きそうなの?」

 その言葉で全員の視線が、私とお父様な祖父の間を行き来する。表情もみんな真剣だ。
 そしてそれを確かめたお父様な祖父が、口元を軽く歪ませる。

「玲子の『夢』に出た事件が起きるんだろ? ただ、少しよく分からん事がある」

「なに? 今年の近いうちだと『血盟団』の連中でしょ? 警備の者や探偵も使って行動を監視している筈よね」

 『血盟団』は、それなりに前世の記憶にインプットされているので、お父様な祖父に話した後は任せてあった。だから、ある程度は楽観している。何しろ『血盟団』は民間の秘密結社やカルトな連中で、戦闘には慣れていない。

 それに前世の私の記憶で発端となった、陸軍のクーデター未遂が2回とも計画すらまともにされていないので、危ない陸軍将校との接点が『桜会』の一部としかないし、関係も薄い。
 さらに深く関わった西田税が陸軍将校のままな上に、今はパリにいる。他との繋がりも、私の前世の歴史よりずっと薄いから、危険度はかなり低下している。
 あとは大川周明や北一輝辺りと一緒に張っておけば、動きも掴みやすいと見ていた。
 お父様な祖父も余裕顔だ。

「そっちはな」

「他って事? 海軍将校? それとも陸軍将校? 国家主義者? 右翼? どれもまだ、もう少し先だと思うんだけど」

「全部外れ。半島人だ。心当たりか『夢見』はなかったのか?」

 首をゆっくりと横に振る。少なくとも、私の前世の記憶にはない。もちろん、歴史上の事件、出来事を全部カバーしているわけじゃないから、あるとするなら漏れている事件だ。

(けど、内閣がひっくり返るような大事件じゃないって事よね)

 そう思う私の予測通り、お父様な祖父も深刻さはない。

「ないのか。まあ、全員聞いてくれ。上海で共産党が無軌道に暴れている騒動で、兄弟達が探した不審者の中に半島人の一団があった。自称半島の独立運動団体だな。
 だがそいつらも、大陸の共産党の連中の騒動に乗じ、日本租界か上海の日本の要人襲撃を狙っていたらしい。そして、どうもその連中の一派か下部組織の連中が、帝都に工作員を送り込んだ」

「じゃあ、捕まえないと!」

「まあ聞け。もう人は動かして探させている。それにその工作員は一人な上に間抜けな奴で、普通に電報で上海のお仲間に金を無心している。ただ、上海でもその組織が追われているから、金は送れていない筈だ。突き止めた滞在先だった旅館も、金が尽きたらしくもぬけの殻。ただ、何を狙っているのかが分からない」

「それで警備強化?」

「そういう事だ。分からない奴には、防衛策しかない。だから、今後しばらく防弾着を付けるようにしろ」

「うん、分かった。けど、今までは大丈夫だったの?」

「その間抜けの金策が判明したのが昨日なんだよ。多分、近々行動を起こすんじゃないかと見られている。そういうわけだ」

「重ねて了解。それにしても、新年早々嫌になるわね」

 せっかく色々先回りしていると思っていたのに、全然カバーしきれない。因果応報なんだろうけど、この時代の日本はテロが多すぎる。

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間抜けなテロリストの史実関連の一言コラムは、ネタバレにもなるので次回掲載します。
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『血盟団』:
井上日召 (本名、井上昭) を中心とした、一種の右翼カルト組織。
本来、特に組織名はない。事件後に通称や俗称として付けられた。主人公も、それを言っているだけ。
血の掟とか、騎士団だったりとか、厨二病的な要素はない。
『血盟団事件』と呼ばれるテロを起こす。

防弾着:
この時代にも一応は存在する。
丈夫で特殊な編み方の木綿を重ねた程度のもの。

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