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才能を磨く

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人それぞれに皆、才能の元になっているものは持っている。
それは何かと言えば、簡単な話であるが、自分が本当に好きなこと、やりたいことは何かということだ。

自分が何かを好きになり、やりたいと思うことは、すでにして御魂の発動でもある。絵でもピアノでも、板前でもなんでもそうだ。あるいはあなたは、前世で一生懸命それに関連する何かを修行していたのかもしれない。

誰にでも、やりたい何か、好きなことというのが一つや二つはあるはずである。最初からなんでもかんでもうまくできる人というのはいない。

そこで、才能を磨くわけである。磨いて光るか、光らぬか。自他ともに認めるほどの、才能と言われるものに成長したか、どうか。その違いはどこで別れるのだろうか。そのことを少し考えてみよう。

世の中には、いろいろなことが器用にできる人がいる。絵もちょっと上手、音楽もちょっと上手、文章もちょっと上手と、ものごとを何でも器用にこなせるタイプだ。そんな人は見たところ、確かに便利そうだし、羨ましがられもする。

しかし、器用貧乏という言葉がある。

「あの人はなんでもできるけど、器用貧乏なんですよ」

と言われるように、器用貧乏には何となく、マイナスのイメージがつきまとう。ところが

「あの人はすごいですね。あれもできる、これもやっている。すごいですねー」

という場合は器用貧乏とは言わない。才能と呼ばれるものである。器用貧乏はマイナスイメージ、才能はプラスイメージ。プラスとマイナス、どこが違うかと言うと、お金にならないということである。お金になるのが才能、お金にならないのが器用貧乏と定義してもいいかもしれない。器用だったらいいというわけではないのである。

何か他人より優れた技術があって、それで収入を得ることができるレベルならば、もうそれは才能なのである。それで生活していけるのならば、たとえ今のところは少し貧乏でも、とりあえず才能と呼んでもよいだろう。

では、お金になるレベルが、なぜ才能と言えるのか。やはりお金というものはこの世では、命の次に大事なものだという社会の客観的な価値評価があるからである。

ちょっと器用な人だったら、大工仕事でも何でも、

「あっ、こんなのは自分でできる。別に人に頼んでお金を出すことないや、やっちゃおう」

と、トントン、トントン自分でやってしまう。

しかし、それは所詮日曜大工程度の仕事でしかない。少し板が曲がっていたり、釘が歪んでいたりする。もちろん、自分の家の軒先くらいの仕事だったら、それで構わないだろう。本人が気にしなければいいのだから。

しかし、その人のところに誰かがお金を出して、家の修理を頼みにくるだろうか。どうせお金を出して頼むなら、ちゃんとした仕事をする人に注文するはずである。

「ふむ、この仕上がり、この正確さ。さすがはプロだな」

というレベルにして初めて、頼んだほうも満足するわけだ。これは自分ではできないから、人に頼まざるをえないというときに、人はお金を出して頼む。どうせお金を出して頼むなら、ちょって器用な人がやったようなレベルでは満足できない。

「なんだ、これは!」

と文句の一つもつけたくなる。少しばかりの器用程度ではできないレベルの技能だからこそ、

「お願いします」

と言って、人はお金を出す。それも納得して喜んで出すのである。

ということは、その人の能力が、客観的な基準として普通よりちょっと器用だというだけではできない技量だと社会に認められた、ということである。お金を出すということは、その証なのだ。器用貧乏で終わっている人は、少々器用にはできるけれど、別にお金を出して頼むほどのものではないとみなされている。

だから、自分の能力が才能なのか、単なる器用なのかは、お金になるかならないかで判断されるのである。ちょうど金太郎の腹掛けみたいなものだ。金があるかないかが分岐点というわけである。

では、どうしたらお金になるか。どうしたら、人が喜んでお金を出すレベルになれるのか、それは、一つの物事を間なく断なくやり続けること、そして焦らず怠らずに死ぬまで続けることである。それを繰り返せば、その技術については、並みのレベルをはるかに超えることができる。並みのレベルを超え、さらに少々器用な人のレベルを超えると、「お金を出してでも頼もう」というレベルに到達するわけだ。

だから、逆に言えば、才能を磨こうと思ったら、何でもお金になるところまでやることである。それがやはり、いちばん客観的な評価であり、努力目標になるのだ。そして目標達成にふさわしい努力を自らに課し、それをやめずに続けることだ。それができた人というのは、必ず努力が才能になって戻ってくるのである。

『心の金縛りがとける本』 深見東州 1999年 たちばな出版

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 2003 Yoshiaki Sugimoto