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■ ある賢者の言葉を聴け

私が今まで知っている人のなかで最も魂の輝いている人であってイザというときに何をいかになすべきかについて決して判断に迷わなかった人の言葉をここに私は読者とともに聞きたいと思うのである。それは 「あなたがあらゆる外部的方法で導きを得ようとしてけれども依然としていかなる方法を追求したならば良いかがわからないで戸惑っているようなことが起これば、いつでも

内部の目をもって見、内部の耳をもって聞くがよい」 という言葉である。

そして疑惑によって妨げられることなく、単純に自然に美しくはこんで行くコースにまかせればよいのである。・・・・・・常ならぬ混迷の暗い時期が訪れて来たときには、私たちは最も単純な道を選ぶがよいのである。

(中略)

ここに再び注意をひかなければならないことは、多くの人たちが、自己独特の個性を発揮することを忘れて、常に常識の世界に自分を委ねているために、自己の可能性を充分発揮することができず、それよりズッと低い生活をしているということである。あなたはこの世界において一個の有力な実力者になろうと欲せられますか。では“自分自身”になることです。自分自身であることを忘れて、他の人から配役されて、“君は何をやれ”と言われることに甘んじるようなことであってはならないのです。いわゆる“大衆”の仲間入りや“その他大勢”のクラスに入るようなことがあってはならないのである。あなたの自己自身の魂の内部の最高の理想に対して忠実でなければならない。そして神の法則の上に築かれないところの習俗や因習や、人間が勝手にきめた法則によって自分自身が支配されるようなことがあってはならないのである。神の法則の上に築かれたものは、正しき理性と正しき感情をもつ人によって守られなければならないのである。

独創なき生活は生活ではない

自己の独創的人格を習俗や因習の前に屈服せしめてはならない。なぜなら人間の個性的人格というものは宇宙大生命の最もすぐれた変圧器であるからであり、習俗や因習というものは個性的人格を保持するだけの力のない大衆によって維持せられている枠に過ぎないからである。私たちと同時代の最大のある著作家は、現代のこのような個性没却の社会を評して“妥協の雑炊”と称したことがあるのであるが、私たちはそんな“雑炊”の材料として自己独特の個性をささげてしまってはならないのである。もしあなたがこのようにして自己独自の個性を大衆の習俗や因習の前に屈服せしめてしまうならば、あなたは社会の好ましからざる風潮を増加するために応援してやっているようなものである。その代償としてあなたは一個の奴隷と化してしまう。そして、やがては、このようにしてあなたが喜ばそうと試みたその大衆の尊敬すらをも保ち得ないような結果に陥るのである。もしあなたが、あなた独自の個性を保持するならば、あなたは奴隷でなく一個の主人公となるのである。そしてもし賢明にして思慮分別あるならば、あなたは、その独自の個性的働きによって社会に良き感化をおよぼし、社会の状態を一層高く、一層よく、一層健全たらしめるための貢献をなし得るのである。その上にすべての人たちは、あなたが社会の“妥協の雑炊”中の材料として多くの愚かな人たちと一緒に煮込まれて、自己の弱点をさらけ出している時よりも、人々から重んぜられ、社会から一層高く尊敬せられることになるのである。かくのごとくして、あなたはあらゆる階層の人々に感化をおよぼすにいたるのである。誰かが言ったごとく 「偉大なるタイプの英雄は社会のあらゆる階層、左右両翼のあらゆる階層の人物にとって魅力となり、獣類さえも彼をしたって集まってくるようになるのである。」

彼自身独特の存在でこそ価値がある

彼自身独特の者になることによってのみ、人は価値があり、あるべき唯一の満足なものとなることができるのである。 「環境によって支配されるのはあまり良い生活態度ではない」 とある人は言ったが、では何が良い生活態度であろうか。自分自身そのものになり切ることである。これが最初にして最後の、そして常にかくあるべき生活態度であるのである。

何よりもまずこの事だ
自分自身に忠実であれ
されば、夜の次に昼が来るように
必ず伴うて出てくることは
あなたが何人に対してもニセモノでないことである

至上者を自己の理想として

私たちが、“至上なる者”に呼びかけ、自己の生活を神の法則によって支配せしめるとき、一般大衆の意見や、人々の毀誉褒貶によって動かされることはなくなり、いと高きものの手が自分を支え給うという自覚のもとに安住することができるのである。もし何らかの方向にもせよ、私たちが他の者の意見に迎合して生活しようとするならば、私たちは却って決してそれらの人を喜ばすことはできないのである。私たちがもしそのような迎合妥協の生活を試みれば試みるほど、他者は私たちに対して不合理な態度をとり、いよいよますます苛辣な批判を加えることになるのである。あなたの生活の管理は全然神とあなた自身との間の問題であり、他のものによって動かされ影響を受けるならば、それは間違った道を歩いていることになるのである。

(後略)

『無限者との協調』 ラルフ・ウォルドー・トライン 1896年 谷口雅春訳

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 2003 Yoshiaki Sugimoto