天保八年二月二日、大塩平八郎は蔵を売つて千余金を得たので、六七八の
三日間、窮民一万軒を限り、毎戸一朱づゝ施与した、所が七日山城守は、
施与に干渉して停止せしめやうとしたが、出来なかつた。
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口 上
近年打続米穀高値に付、困窮の人多有之由にて、当時御隠退大塩平八郎先生御
一分を以御所持の書籍類不残御売払被成其代金を得、困窮之家、一軒前に付金
一朱づゝ、無急度都合家数一万軒へ御施行有之候間、此書付御持参にて、左の
名前の所へ早々御申請御越し可被成候。
但し二月八日安堂寺町御堂すじ南へ入東側へ七ツ時迄に御越可被成候。
河内屋 喜兵衛
同 新次郎
同 記一兵衛
同 茂兵衛
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