朝、細谷五郎兵衛、鯨猟の事、田沼より挨拶、これあらば、少しも
早く山野辺家へ達しある様に願ひ候赴、
○被為召黒鍬文蔵の事、御意あり、文蔵は御進物方定付の黒鍬なり、
一昨夜、金府へ忍入たる疑心にて入牢せり、然るに文蔵の兄、久敷
大病にて、文蔵日夜看護するよし、されば貧窮に而薬用にせまり、
心にもなき盗をせんと思ふにあるまじきや、今年御家中々々下々俸
禄をも全く賜らねば、病難等は如何程にも救道すべきに、其世話届
ざるゆゑ、かくの如く、悪事するものも出来候事よとおもへば、い
と不便に存するなり、文蔵いよ\/其罪に服しなば、其事情能々察
したる上にて、刑に処せよとの御事にて、御仁心の程誠に難有奉存
候き、
○南郡辻村郷士榊原啓介は下総国より養子に来たるものにて、今度
実家の村方近村を賑済したるよし、公辺へ達し、閣老のさしづのよ
し、御勘定奉行命を伝へ、御代官森覚蔵より御褒美一枚来る、この
啓介は御領中を賑済し、格別の人物ゆゑ、この方に而も賞し候もの
ゆゑ、不取敢御代官へ御城付より答の案を草して遣りぬ、
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○八つ時より御書院にて佐藤捨蔵、論語を講す、これは六七年前よ
り月々史館に而講したるを、当月より御書院へ移し玉ふなり、藤北
郭嫌疑也、
○帰途交代の奥右筆を訪ひ、浅利徳操を訪ひ、夜分帰 舎、
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佐藤坦
1772-1859、
美濃岩村藩
家老佐藤信
由の子、
一斎、愛日
楼などの号、
昌平黌教官
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