数日の後、儀右衛門は妻子と共に焼跡に立つてゐた。
美しかつたきのふの町も、今は何一つない焼野原とかはつたみじめさ。そ
こには、人間が汗と血をしぼつて築きあげた大きな富が、灰となつてゐるの
である。
まだ、煙の立ちのぼる中を、焼けのこつた家財道具をさがしもとめる人々
の姿がさびしくあはれであつた。
儀右衛門は泣きたいほどであつた。彼のすべての財産はうしなはれたので
ある。中でも、自分の生命をこめてつくりあげた、からくり人形の全部を灰
にしてしまつたことは、たとへやうのない悲しみであつた。
彼は、これから先のことを考へると、眼の前が真暗になつてしまつた。家
財道具といつしよに、自分の将来の希望さへも焼けうせたやうな気がして、
しばらく、ぼんやりとあたりを見まはしてゐた。
やけはい
彼は、ひとにぎりの焼灰をつかみあげた。
≪長い間、骨をれづり、血をしぼるほどの苦心をしてつくりあげた生人形
てのひら
も、この灰になつてしまつたのか≫と、彼は掌の灰をじいつと見てゐたが、
きふにぱつと、灰を地面に投げすてた。
彼は、心の中でさけんだ。
「こゝにどんな猛火にも灰とならないわが手と、腕がある。おれは、この
たくましい両手を持つてゐたのだ。」
彼は、両方の掌をひとし合はせて、ぎゆつとにぎりしめた。
「さうだ、この両腕がある以上、おれは無一物になつてもびくともしては
ならないのだ。
この両腕で、がつしりと新しい仕事にしがみつくのだ。
どんな不運におそはれても、それを突きとばし、うちやぶる力が、この両
腕にこもつてゐるのだ。」
「不退転の心」といふ言葉が、はつきりと思ひ出されて、心に弾力がうま
れて来た。
お美津のあかるい笑ひ声が聞えた。
物置小屋のあとであらう、なにひとつのこつてゐない焼跡に、沢庵漬の大
樽が二つ、のつそりと残つてゐるのを、お美津が見つけたからであつた。
「はつはつは、こ、こいつあ、をかしいや。」
・・
儀右衛門もおよしもふき出した。笑ひ声が、心配や悲しみを一どにふきと
ばしてしまつた。
「はははは」、平気な顔をして、のつそりとかまへてゐる。
「でも、よく焼けなかつたなあ。」
儀右衛門は、その二樽をかついで、近くの野原に避難してゐる貧民にほど
こしてしまつた。
さうして、さば/\とした気持で、妻子とともに、伏見へ向かつて去つた。
新しい希望の光を求めて……
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