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中斎はこの落し文を各所に撒き散らし、天保八年四月十七日を以て義軍
を起し、東町奉行跡部山城守、西町奉行の堀甲斐守の両人を討取り、同時
に鴻池善右衛門、住友吉右衛門らの富豪の邸宅を片つ端から襲うて、貧民
を救はうと企てたのであつた。然るに同志の一人平山助四郎と云ふ与力が、
不図変心して、二月十八日の暮れ方、東町奉行跡部山城守の役宅へ訴へ出
でたので、茲に一切の計画は画餅となつて了つた。
其晩跡部山城守の役宅へ当直で泊つてゐたのは矢張中斎の同志、瀬田斎
之助と小泉延次郎と云ふ二人の与力であつた。
くはだて
『オイ、瀬田、どうやら計企が露顕したやうだぞ』
『ウム、どうも先刻から可笑しいと思つたゐた所だ』
『先んずれば人を制すだ、先方が手を出さん内、此方から一つ斬込んで、
跡部をやつて了はうではないか』
『よからう』
二人は立上つて身支度に取かゝつた、その時、
『ミシリ/\』
と廊下を忍び足で踏んで近づくものがある。
『来たぞ、油断するな』
『心得た』
二人は一刀を引ぬいて大上段に振かぶり、びたりと左右の襖に身をくつ
つけて、息を殺してゐると、がらり襖を引開けて、
『瀬田、小泉、御用だツ』
と言つて飛込んで来たものがある。
『えいツ』
待構へゐた二人は、さつと斬り下した刀で、捕手の二人は血煙と共に左
おもて
右に倒れた。二人は勢よく飛出すと、戸外はもう一面の提灯の火だ。
『己れ手向ひ致すな、斬り捨てゝも苦しうないぞ』
『何を猪口才!』
血気の小泉は、囲を蹴破つて。跡部の側へ近寄らうとしたが、多勢の為
めに遂に斬倒された様子、瀬田は兎に角この事を大塩に知らせなけけばな
らないと思つたのて、一方の血路を開いて、ドン/\天満四軒長屋の方へ
駈け出した。
『せ、先生、た、大変でございます』
『大変?』
『大望が露顕いたしました』
『さうか……訴人は大方平山であらう』
と云ひ当てた中斎の眼力は非凡であつた。
『此上はいかゞ遊ばします』
『運を天に任せて、最初の思立ち通り遂行する迄の事でござるよ』
『然し人数が ? 』
『止むを得ぬ、集まる丈けでやつゝけよう、梅田氏、梅田氏』
『はツ』
『予ての用意を……』
『心得ました』
梅田源左衛門は、予て拵へて置いた貼抜筒に弾薬を込めて、庭前の敷石
の上に据ゑ、筒先を淀川向うの東町奉行の屋敷へ向けて置いて口火を差し
た ま
こんだ。弾丸は轟然たる響と共に、天満の建国寺の庫裡ら落ちて炎々と燃
え上つた。
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西町奉行は
堀伊賀守
平山助四郎
平山助次郎
が正しい、同心
瀬田斎之助
瀬田済之助
小泉延次郎
小泉淵次郎
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