Я[大塩の乱 資料館]Я
2008.5.29

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「大塩の乱新資料紹介」 その4

菊池真一

『甲南女子大学研究紀要 文学・文化編 第44号』
甲南女子大学図書・メディア委員会 2008.3 より転載

◇禁転載◇


  (掲載誌では、史料は、釈文のあとにまとめていますが、ここでは対照する形にしています。管理人)

史 料釈 文

 (一オ)             (目録四ウ)

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          み ととう ともから 一大篠桂八郎父子一味徒党の輩こと/\    ざんくは  く御罪科におこなはるゝ事    已上目録畢」(目録四ウ) 難波湊秋花噂    巻の壱 こくかゆたか        きみ  とく   しん 国家豊におさまりぬるは君の徳なり臣 みん           じん 民よくしたがひぬるは君の仁なりいわん  くんし とく かぜ   せうじん     くさ や君子徳は風なり小人の徳は草なり くさ  かせ        すなはちふ これてん めい 草に風をかふ時は則伏す是天の命也」(一オ)


 (二オ)            (一ウ)

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  しゆん   しか     ねづみ 人の順なり然れとも家に鼠あつてた    そん くに きやくそく からを損す国に逆賊あつて国をさわが  これてんまはじゆん せきあく       しんくわ す是天摩破順の積悪いかでか神科のか     (ママ)     つい         み         たつ るへきや終におのれが身をおのれと裁に いたるむべなるかなまことなるかな時に            なにはらんほうさう 天保八酉とし二月十九日浪花乱妨騒 とう  たつ     こゝ     てんまかわ 動を尋ぬるに爰に大坂天満川さき」(一ウ)  けんやしき  すん おゝしのけい 四軒屋舗に住で大篠桂八郎といへるものあ   せんそ       たつ り先祖はしかと尋ね見るに其むかし   よしもと すえするか                たい 今川義元の末駿河に有て百八拾万石の大 け         はつか  ぞく   ちきやう 家たりし時其幕下に属して知行五万石  りやう おゝしのけい    しそん を領し大篠桂太夫の子孫なり然るに今  よしもとえいろく        を だのふなか 川義元永録四年のころ織田信長と     (ママ) おけはざま       かつせん 桶狭間におゐて合戦におよびよしもと」(二オ)


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