しゆん しか ねづみ
人の順なり然れとも家に鼠あつてた
そん くに きやくそく
からを損す国に逆賊あつて国をさわが
これてんまはじゆん せきあく しんくわ
す是天摩破順の積悪いかでか神科のか
(ママ)
つい み たつ
るへきや終におのれが身をおのれと裁に
いたるむべなるかなまことなるかな時に
なにはらんほうさう
天保八酉とし二月十九日浪花乱妨騒
とう たつ こゝ てんまかわ
動を尋ぬるに爰に大坂天満川さき」(一ウ)
けんやしき すん おゝしのけい
四軒屋舗に住で大篠桂八郎といへるものあ
せんそ たつ
り先祖はしかと尋ね見るに其むかし
よしもと すえするか たい
今川義元の末駿河に有て百八拾万石の大
け はつか ぞく ちきやう
家たりし時其幕下に属して知行五万石
りやう おゝしのけい しそん
を領し大篠桂太夫の子孫なり然るに今
よしもとえいろく を だのふなか
川義元永録四年のころ織田信長と
(ママ)
おけはざま かつせん
桶狭間におゐて合戦におよびよしもと」(二オ)
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