Я[大塩の乱 資料館]Я
2008.5.30

玄関へ
史料集目次


「大塩の乱新資料紹介」 その5

菊池真一

『甲南女子大学研究紀要 文学・文化編 第44号』
甲南女子大学図書・メディア委員会 2008.3 より転載

◇禁転載◇


  (掲載誌では、史料は、釈文のあとにまとめていますが、ここでは対照する形にしています。管理人)

史  料釈  文

 (三オ)            (二ウ)

  (拡大)

ぐんはい          をた   ため 軍配つたなくして織田の為に一時にほ     ぞく   しよけ ろび是に属せる諸家のめん/\の            みきり      けい こらずほろびうせたり其砌かの大篠桂大夫 あつぱれふさう  ゆうせん               かく 天晴無双の勇戦をなしともに討死の覚 ご       しゆくん     しうめい 悟なりしに主君義元の主命によつて ちうき  おも    そのば  きりぬけ      ほん 忠義を重んじ其場を切抜すぐさま本     かへ             やう 城にはせ帰りよしもとの一子漸/\二才」(二ウ)  ようくんゆみ            ひしう ますた の幼君弓太郎をいだきて尾州升田むら  み        とき          かめい に身をひそめ時あらはふたゝび今川の家名  をこ     このようくん も を起さんと此幼君を守りそだてけるに つゐ       ますた      へうし 終に桂大夫升田村におゐて病死せりこの    これせいてう のち  ぶ  みち  きら 弓太郎是成長の後は武の道を嫌らひ      さうそく   つゐ   しそん 其身大篠の相続して終に子孫升田村  みんか       しか       たいかうひて の民家となりぬ然る所かの大閤秀よし公」(三オ)


 (四オ)            (三ウ)

  (拡大)

           さいきよ 天下をしろしめし大坂に在居し給ひし   すこ    ゆかり           よりき ころ少しの由縁あるよつて此与力役を こ  こふむり おんろく      てうたい 乞ひ蒙て恩録二百石を頂戴いたして     (ママ)   はんしやう  すせん         しの 子孫繁昌して数戦に及ぶ此大篠桂八郎      つかう         まこと になりて都合十三代目にあたれり誠なる哉 きせん       かへ 貴賤の身にかぎらず帰つて十三代目に      かな     くせ     いへ  たつ あたるもの必らず一癖ありて家を建るか」(三ウ)      きつけう        い  つた ほろぶかの吉凶をすとむかしより言ひ伝ふ           せうとくたさい るはむべなり此桂八郎生得多才にして             ふけい 六七才のころよりとかく武芸をこのみた    とうはい せうに  とも     とし まにも同輩の小児を友とせず年へた     けんしや           こ じ る大人の賢者とまじはりさま/゛\の古事を と    かく       いつ  きい 問ひ又学をなすに一を聞て十をさとり ようち     さい     およ     こと 幼稚にて其才大人も及はざる事なり」(四オ)


 Copyright by Shinichi Kikuchi  菊池真一 reserved


「大塩の乱新資料紹介」目次/その4/その6

史料集目次
玄関へ