三月廿六日
一遠山勇之助儀当番罷在候処、暮六時前御目付共申聞候者、今晩
於御中屋敷御用有之候に付只今引取可申旨、高橋殿衛申聞候間、
大森末記と交代仕、即刻引取、時田肇宅え罷越候処、同人儀御
中屋敷え罷越候趣付、直様山本角右衛門宅へ罷越、御用之有之
旨に付罷越候段申達候処、御用之儀ハ後刻可達候間、宅に扣居
候様同人申聞候間、引取宅に扣罷在候、
一夜四つ半時頃岡野小右衛門・菊地鉄平・芹沢啓次郎・松高縫蔵・
(纉カ)
安立讃太郎・遠山勇之助・斎藤正五郎・菊地弥六右八人、追々
御目付時田肇方え呼出有之、罷越候処、大塩平八郎父子市中え
忍居候趣相聞候間、捕方被仰付、委細之儀は於御中屋敷可達旨
申聞候に付、何も引取用意相調、野服或着流し等着用仕、追々
御中屋敷御殿え相詰申候、
一時田肇儀は引纏被仰付為召捕罷越候趣申聞候、
一無程時田肇御中屋敷御殿へ相越、平八郎父子居所其外委細之様
子認有之候書付一同へ為見、且父子之者は相成丈生捕に可致御
主意に付、其旨相心得候様申聞候に付、小右衛門初一同相談之
上、半棒差出呉候様肇へ申達候処、無程出来仕、銘々へ相渡申
候、
一小右衛門申聞候ハ、平八郎父子土蔵之内え忍居候儀にては、定
て入口も狭く、一人宛ならてハ被這入申間敷、左候へハ鬮取に
致し順を立置、争ひ無之様致候ては如何可有之哉之旨申聞候間、
何も同意之旨申述候、
一猶又小右衛門申聞候ハ、何レも壮年之身に有之候へ共、下拙儀
ハ五十歳余にも相成、忰も有之身分且不才にて従来之厚恩可奉
報儀も無覚束、幸此度御人撰を以蒙命候儀に付、何卒一番に相
進、露命を捨申度心願に有之、此儀聞入呉候様達而申聞候に付、
何も心中には小右衛門義兼て武芸鍛練之事に候得共、老人を先
登為致、万一過チ有之候ては奉対上候ても恐入候儀、可相成は
壮年の中 壱番に相進度奉存候得とも、壱人申出候へは我も＼／
と懇望可仕、旦平八郎父子程之者故、十に八九は過チも有之間
敷、其上老人より達て所望仕候儀に付、何も胸中に存意申述も
不仕、小右衛門望之通聞請、同人を壱番と相定、二番より八番
迄鬮取に仕候処、順立左之通相成申候、
二番菊池弥六 三番松高縫蔵 四番菊池銕平 五番遠山勇之助
(纉カ)
六番安立讃太郎 七番芹沢啓次郎 八番斎藤正五郎
右之通相定、肇儀は引纏之事に付最初九番と取極置候、
三月廿七日
一暁八時過十郎左衛門方小右衛門・銕平・啓次郎三人之者罷越
候様使之者申来、即刻罷越候処、西町御奉行堀伊賀守様御組与
力内山彦次郎相越居り、十郎左衛門申越候ハ、何も諸士之身分
にて与力之差図請候儀は無之筋に候得共、捕方等之儀は場所も
不馴地理も不相弁候儀に付、何も得と勘弁いたし、与力申聞候
儀を取用ひ相働候方可然旨申聞候に付、尤之趣申答、則彦次郎
へも面会仕候処、同人申聞候ハ、私并同心三人ハ先え相越、油
懸町会所にて得と様子相探り注進可申遣候間、其節相越呉候様
申聞候に付、承知之旨申述、又々御殿へ引取、一同へも右之趣
申通候処、何も同意にて注進相待罷在候、尤十郎左衛門取斗に
(亥カ)
て部屋目付鳥巣彦四郎一人彦次郎へ相添差遣申候、
一無程十郎左衛門御殿え罷越申聞候ハ、此度之儀何も以御人撰を
以被仰付候義には有之候得共、一通之事にも無之候間、別而入
念過失無之様相勤可申旨申聞候に付、小右衛門肇より精々心を
用ひ可相勤候間必被労念慮間敷候様申述、同人には無程引取申
候、
(亥カ)
一七半時過鳥巣彦四郎罷帰り、本町五丁目会所迄唯今相越呉候様
彦次郎申聞候趣に付、私共九人即刻右会所へ罷越申候、尤最初
ハ小役之面々も罷越候積り御座候処、彦次郎所存にては多人数
之儀は迷惑にも可有之様子之趣、前以十郎左衛門申聞、則諸士
(亥カ)
九人限罷越申候、尤鳥巣彦四郎儀は案内として召連、岡村桂蔵
にも内分にて罷越候趣に御座候、
一本町五丁目会所に扣居候処、無程町同心一人罷越、直様場所へ
可相越候間、信濃町会所え参候様申聞、同心案内にて即刻右会
所へ罷越候処、彦次郎并同心三人相詰罷在候にて、彼者両人共
剃髪致し居候趣申聞候、
一彦次郎平八郎父子忍居候美吉屋五郎兵衛居宅之畧図為見之一
覧仕候処、土蔵内に忍居候儀には無之、隠居所にて御坐候由、
且又彦次郎申聞候は、庭口より相越候方を追手と定メ、裏辻え
抜道有之方を搦手を取極め、惣人数二手に引分、追手相越候
同心之内より五郎兵衛妻え申含、五郎兵衛義兼て預ケ之身分に
付、家財改として只今役人罷越候間、暫之内裏辻迯去候様平
八郎へ為申述、迯去候は搦手に待合候者召捕可申手筈に致し候
ては如何可有之哉、存意も御坐候は申述呉候様申聞候に付、銕
平存意には、五郎兵衛妻より右之趣為申聞候てハ、召捕之儀と
推察致し、自滅可致も難斗、前後直様仕懸候ては如何之旨申
述候処、庭并住居迚も殊之外手狭に有之、働き難相成旨彦次郎
申聞候間、何分場所も見知不申儀故其意に相任せ申候、其節勇
之助儀ハ跡より罷越、右斗策の始末承り、銕平同様之存意に付、
肇え其旨相咄候処、彦次郎へ銕平答の趣申聞候間、左候へは右
手配にて可越旨申述候、
一肇申聞候には、与力同心之方聊手剛儀も有之は打殺可申存意之
旨申聞候得共、銘々共は
御主意をも承り罷在候事故、何程手剛に有之候とも打果候存意
無之、是非々々生捕に致し候心得にて可相越旨申聞候間、何も
(二カ)
同意之趣申答、追手之方へは彦次郎同心壱人小右衛門・弥六・
(纉カ)
縫蔵銕平都合七人罷越搦手には同心二人勇之助・讃太郎・啓次
郎・正五郎・肇と申順に都合七人引分レ、六半時頃五郎兵衛宅
え罷越申候、
一追手之方ハ搦手之面少々引下り相越、搦手之方相固メ候を見
(縫蔵脱カ)
請、西組同心案内にて小右衛門・弥六・銕平・彦次郎と申順に
勝手え立入候、其節彦次郎銕平へ申聞候ハ、見世出口固呉候様
相頼候に付、一人居残り固之所に扣罷在候処、相手両人之儀に
付是え罷越候ては手余り可申哉にも有之、無心元存居候内、岡
(村カ)
野桂蔵相見へ候に付、此者を相頼傍に為扣申候、
一案内之同心五郎兵衛妻を呼出し、気分落付候様背中を撫おろし、
額に手を当耳元へ寄り、最初相談之通申含候処、右妻胆を消候
体には有之候得共、先に立罷越引続何も附参候処、庭口よりモ
シ＼／と声掛ケ候を聞付、平八郎庭之小路次を明ケ、召捕之者
を見請、直様建寄せ、其後又候小路次を明ケ、平八郎脇差を抜、
声掛なからさし出し候に付 是は召捕之者を威し候存意ニも可
有之や同心義木太刀之先にて脇差少々打敲候間、何も路次口へ
押詰候処、又候〆寄候に付、路次打毀、右口に彳、言葉争ひい
たし、小右衛門より平八郎とも被言者臆病至極之振舞、是に罷
出縄に掛り候へと申候得は、只今罷出候旨相答、其後銕炮打候
旨呼り候声相聞へ申候、
一銕平儀は前書入口を固め居候処、家内上を下へと騒動仕、家内
(早カ)
子供下人等も立退、最中彼者両人身搆致し候儀にも可有之、夫
に付て此固メ外シ候迚気遣ひ有之間敷と存、小路次の方緑頬に
彳候処、言葉争ひ三ケ度承り、際限も無之儀と路次口同心の傍
え罷越、踏込申可哉と申聞候処、同意之趣相答候間、直様小路
次を潜り、半棒振上ケ正面之戸を打毀候処、右破より火気燃出
候得共、勢ひに任せ頻に打毀申候、尤火薬を相用候哉、合薬之
匂ひ仕候様相覚申候、
一銕平小路次を潜り候と、同心并小右衛門・弥六・縫蔵一度に踏
込、同様雨戸障子暫時に打破り候処、平八郎義は脇差を抜、向
ひ壁際に彳候得とも、何分入口火気強く踏込候義も難相成、棒
にて火を払除候内平八郎脇差を以咽喉を横に突立、右脇差を投
付候処、弥六頭の辺より襟袖のあたりを摺通り、携居候半棒に
当り、少々切込付申候、尤跡にて見請候処、頭襟袖手首等え血
灑き有之候、実ハ格之助未練を起し候を平八郎殺候哉に推察仕
候、
一格之助儀ハ最初自殺致し候義と相見へ、正面障子之内に人形ち
致し候物に衣類体之品掛有之、右傍に戸障子と相見へ、建有之
候障子に為持立掛、右之品々十分火移り罷在候処、戸障子悉く
(ミあふりにてイ)
打毀候故持合無之庭へ落、右火気強くて何レも堪兼、我レ先に
と小路次外へ立退、最早両人自殺慥に見届候儀に付、消防第一
に可仕趣、誰発言と申儀は不相知候得共、裏表手術を尽し消
防仕候、
一縫蔵義脇差投付候趣銕平へ申聞候間、左候へハ未庭に可有之と
両人立戻り候処、小路次内四五尺斗向に相見へ候得共、火気烈
敷立入兼候間、棒にて追々かき寄候処、最初案内之同心罷越申
聞候ハ、同人所持之木刀には鍔も有之に候付、右に引掛取可申
(人イ)
申候間任其意、同心手に取、平八郎脇差に相違無之趣申聞、同
人持掃り申候、右脇差ハ一尺八寸程にも相見へ、柄ハ茶糸巻縁
頭等相覚へ不申候、
一搦手の面にハ追手之面々ハ少々先に罷出、前書七人之人数二
ツに仕、迯道を開き、両側に並ひ相待罷在候処、少々手間取候
(纉カ)
に付、内之様子如何可有之哉と讃太郎・勇之介・正五郎申合、
迯道より戸口迄密に罷越相伺候処、何か人声仕候間、最早迯出
し候儀可有之哉と、又々三人共立戻り聊相待罷在候内、座敷に
て鉄砲打候旨頻に呼ハり候声相間候間、又候三人之者戸口へ罷
越、透間より見請候処、火燃上り候、火陰に坊主頭ちら＼／と
相見候に付、扨は火を掛自滅仕候儀に可有之旨、肇・啓次郎・
并同心えも声掛、戸打毀掛り候処、兼て用意之儀にも有之哉、
殊之外手堅く、漸々打破り立入候処、最早火気盛に相成、父子
共自殺之体に付甚残念に奉存候、責て死骸にても取出し、後日
之証にも可仕と右三人申合、夫消防相働罷在候処、内山彦次
郎罷越、最早火気烈敷相成候間、消防人足え相任せ呉候様申聞
候得とも死骸も手近に有之事に付、前文之所存勇之介相答置、
先最初死骸に十分水打掛ケ、夫より追々消留候内、消防人足相
集り五時過消、
御威光何も冥加至極難有仕合奉存候事、
右は混雑中之儀にも御座候間、闕漏仕候廉も可有御座と奉存
候得共、何も相談仕候上、覚罷在候荒増相記申候、
本篇は城代土井大炊頭の臣時田肇以下八名が、平八郎を捕
縛せんとして油掛町美吉屋五郎兵衛方に出張せる顛末をば、
肇等より大炊頭に上書したるものならん、原文題名無し、
今仮に平八郎父子召捕の記と題し、塩賊騒乱記第二巻に載
する所を以て校正せり、
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