Я[大塩の乱 資料館]Я
2001.12.28

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「天命を奉じ 天討致し候」 その20

松原 誠

『時代小説大全』(別冊歴史読本 98春号)
新人物往来社 1998.3 より転載


◇禁転載◇

二十

 捕り方たちは突入口をつくろうと、離れに取りつけられている雨戸を取りはずしにかかった。
「者ども、火を放つから下がっていろっ」
 中斎が叫ぶと、わっと言って取り方が一斉に退いた。
 その隙に火桶を頭の上まで持ち上げた中斎は、積み上げておいた襖障子の山めがけてほうり投げた。
 ぱり、ぱり、ぱりっ、ずっしん
 凄まじい爆裂音とともに離れ座敷が揺すぶられ、雨戸という雨戸が座布団のように舞い上がった。炎と黒煙が狂ったように噴き出し、屋根が吹き飛んだ。
 股を大きく開いた大塩は、目張りしたような両眼をかっと見開き喉首に懐剣をあてがった。ぼろぼろの僧衣にも火が這いのぼっている。
「君を誅し天討をとり行ひ候誠心のみにて、もし疑はしく覚え候はばわれらの所業終(つい)のところをなんじら眼を開きて看(み)よ――
 朗々と唱え終わると、一体の火達磨が格之助の遺体の上にどうと重なった。火の粉が舞った。
 その場に引き出された五郎兵衛は、その昔迷い込んで来た二羽のはぐれ鴉が唐紅(からくれない)の炎をかいくぐって飛び去って行くのを眸の中に想いえがいた。あの二羽が羽を広げてくつろげるような、そんなねぐらがこの空の何処かに見つかるだろうか。遣る瀬ない想いに五郎兵衛の胸は張り裂けんばかりに乱れた。
 後の仕置きで、五郎兵衛は獄門、つねは遠島と決まった。しかしその言い渡しは必要でなかった。二人とも牢死していたからである。
 娘のかつは、急度叱りの軽い刑ですんだが、美吉屋の一家には反賊加担の格印が押され、闕所――財産のすべてが御上に召し上げられた。
 首魁が焼身自決して間もない四月九日、禁裏は、武家伝奏日野資愛をして幕府は窮民救済の措置をこうじているのかと質す勅問を京都所司代松平信順に文書で手交し、幕府をあわてさせた。帝(みかど)が将軍の政道を文書で質すということは、極めて異例の行為である。

 (了)



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「天命を奉じ 天討致し候」
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