余将に筆を擱かんと欲するに臨み、客あり、一読して曰く、子専ら王学の
功用を説きて、程朱を抑ゆ、子も亦姚江を奉ずるもの乎と、余曰く、否、
我は唯古人の書を読みて道を求むるのみ、孔孟の言と雖も、或は首肯
せざるあり、況んや洛 姚江をや、唯末派の腐儒、口に其学を唱へて、
身に之を行はざる仮道学者を嫌ふのみ、偶覚羅氏と徳川氏と之を以て天
下を愚にし、有用の材を抑へしを慨して、此稿を起せり、豈専ら姚江
を奉ずるものならんや、と、客又曰く、子の意は然りといへども、世人
は必ず子の言を信ぜずと、曰く世人の言何ぞ歯牙に挂くるに足らん、牛と
呼び馬と呼ぶ、我に於て痛痒相感ぜず、我心は空々のみ大虚のみと、
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清風在襟。明月在林。
天荒地老。誰是知音。(廖柴舟)
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