其の言に曰く、
苦饑数日、昨買得米一石余斗、計之可作一月糧、心中便津々然、
謂可得一月無慮、正好作文字消遺、但苦無題目可倣、因念僕
得得如此閑暇、皆頼貧中之力、不然使僕得富貴、米糧固無
慮、然便有許多富貴事叢集、即応対賓客不暇矣、雖有題目、
尚得暇作文字乎、然僕雖貧、文字頗富、人言窮忙、正坐無文
字耳、今守銭奴多不識字、焉知不貧、正不欲以彼易此耳、
柴舟の窮迫、此に至りて、猶中に楽む所あり、邑令某周歳之を済ふも、
終に一詩を与へざるが如き、以て其気象を想ふべし、
大塩は曰く、
吾既辞職而甘隠、脱険而就安、宜高臥舎労苦以楽自性、然夙
興夜寝、研経藉、授生徒者何也、此不是好事、不是糊口、不
為詩文、不為博識、又不欲大求声誉、不欲再用於世、只
扮得学而不厭、誨人不倦之陳迹而已、
其語意を察するに、身は隠退、迹を屏くと雖も、心は猶子弟を教育して、
国家の実用を為すに在り、柴舟の如く山野の棄材となりて、世を終るもの
にあらず、但当時の形勢、閥閲を以て要路に置き、尊卑の懸隔甚しく、人
材登庸の路未だ開けず、大塩、有用の才あるも、徒らに有司の嫌忌を招き、
殊に鳩毒視せる、姚江の学を奉じたるを以て、之を国家に施すの機会到底
得べからず、然れば、彼が言へる如く、専ら子弟の薫陶に力を尽し、望を
身後に繋くるを以て計の最も得たるものとす、只目前の窮を黙視する
に忍びずして、百年の大計を忘れ、天下の笑を貽す、所謂婦人の仁と
匹夫の勇のみ、其学ぶ所に負くの詆は、終に辞すべからざるなり、
宋儒の睡余を舐りて、理義の研鑽に精を耗し、知りて行はざるの腐儒輩、
固り取るに足らずと雖も、大塩の如く、心に得る所、必ず之を行はんと欲
して、時勢を顧みず、身分を忘れ、之を行ふて学ぶ所に負く、亦君子の道
にあらざるなり、されども柴舟の如く、山野の棄材となりて、徒らに文酒
に耽り、自ら束せざるもの、亦不可なり、用舎勢に任せ、巻舒、時に
随ひ、天を怨みず、人を尤めず、進退出処、行雲流水の無心に似たる
を以て、君子身を処するの道と為す、
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