詞『養子格之助と倶に靭油掛町の染物屋見吉屋五郎兵衛の家に匿れまし
やさけび
た、一時は大阪全市が黒焦になるかと思ふ程の騒動も嵐にのこす矢叫
をさま
の声、漸く鎮定つたけれど大事の主謀者大塩父子の行衛が判らぬ、丁
度一月あまりと云ふものは。
かけ まく もと
節『天に翔るか地に潜みしか、草の根分けて石起し、屋根を捲りて索む
れど、手がかりとてもあらざれば、詞『幕府の探偵は益々厳重になる
ばかり、到る処に立札がたつ、人相書は廻る、鵜の目鷹の目の詮議沙
あるひ
汰、所が秘密は針の穴から漏るとか申しまして、一日見吉屋の下女が
暇を貰ふて家に帰つて。
いは
女『あのね、大きな声では言れませんが、こんな飢饉の真最中、一粒の
むだ た
お米でも大切にして空にしないが当り前、それにね御飯を沢山焚いて
く ら
毎日三度々々土蔵の奥に祀てあるお稲荷様にお供へになりますよ、そ
しま
して皆んなお稲荷様が食つて終うの。
節『不思議なこともあればあるものと、問ず語りにシャべり出す、之を
聞いた父親は、眉に皺寄せ腕組んで「ウ…… ム、土蔵の奥…… お
稲荷さんが食ふ…… 土蔵の…… 奥……」読めた判つた、コリヤ娘、
其方孝行ものぢやと喜こんで。
うち
詞『家を飛だして、平野郷の陣屋へ急訴する、ソレツと云ふ間もなく捕
吏の面々、見吉屋を取り囲む。
節『斯くと知つたる大塩は、我がこと終りぬイザ死なむ、予て備への硝
はな つんざ
薬に火を発つ、轟然耳を劈いて、跳ね飛されし板戸のなか、平八郎は
四十四、格之助は二十五、見事腹を掻切つて、雄心空しく消ゆるとも、
その名は今に浪花潟、ヨシあし繁き人の口、語り伝へて浪花節、杜撰
ながらも大塩平八郎のお話一寸一息。
|