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平『アゝ惜い男を殺さにやならぬ、誰れかある、宇津木を血祭にいたせ。
ばしよく さげ きた
節『孔明泣て馬稷を斬る、ハツと答へて十文字の槍ひつ提て、来るは大
井正一ぢや。
か
詞『矩之允は厠を出て、手洗鉢の柄杓に水を汲んで恁う手を洗はうとし
て居る。
正『先生の仰せでござる。
節『繰り出す槍先ジロリとながめ、「暫らくお待下されよ」云ひつゝ手
くつろげ
を洗ひ、髪の毛撫てドツカと坐り「イザお突下され」胸寛て従容と、
せか つぶ
急が騒がず眼を瞑る。
てむかひ
詞『少しは抵抗でもするか、抵抗せん迄も議論家の宇津木の事であるか
ようす
ら理屈の一つや二つ位はコね廻すかと思ひの外、案外態度のあまり立
派過ぎるので、勇気も挫けて折角の突つけた槍先に困つた。
宇『大井氏、御遠慮には及ばぬ、お突なされ、矩之丞素より覚悟でござ
る。
節『一揺膝を進むればこれに、気を得て正一が、御免と突出す槍先は、
紫電一閃一呼吸、胸元見かけてブツリ……。穂先は白く背に出で、花
ます ら お
とちりにし益良雄が、心の色のかんばしく、死しては護国の鬼となる、
大塩此の体打眺め、アゝ一将は得難く万卒は、得易き道理はあるなれ
ど、大事のためには換られぬ、一たび下す号令に、壮士をごらず、馬
いなゝく きか
嘶かず、麾下三千の旗風は、みだれずそらになびくなり、時是れ天保
あかつき
八年の、二月十九日の寅の刻、七ツ六ツ時暁天の、夢驚かす鬨の声、
くだ
天柱此処に摧けるか、地軸は此処に裂るかと、怪しむばかりの砲の音、
ちまた
百雷一時に落ちかゝり、浪花の巷衢は時の間に、打つ打れつ阿毘叫喚、
かばね
血汐は流れて河をなし、屍は積んで山を為す、火の手は諸所に揚げら
れて、修羅の巷と変りける。
詞『茲を先途と戦ひましたが衆寡敵せず、大塩方は勇将安田図書が戦死
してからは、意気沮喪、次第/\に斬り崩されて来る、旗色は乱れて
ありさま あきら
来る、この頽勢を見て取つた平八郎は、大事一擲、モウ是れ迄と断念
めて解散の命令を伝へた。
すゐ
節『さしもに猛き大塩勢、時に利あらず推ゆゆかず、戦ひ敗れて落人の、
行衛も浪の跡絶へて、散り/\パツト磯千鳥。
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大井正一
大井正一郎
戦死したのは
安田図書
ではなく
梅田源左衛門
安田は捕縛 |