近藤重蔵弓奉行となりて、大阪に在るや、大塩平八郎其名声を聞き、一
夜之を訪ふて刺を通ず。重蔵命じて之を室に延き、暫く待たしむ。平八郎
室の一隅を見るに、一挺の短銃あり、弾薬之に副ふ。以為らく重蔵素より
傲岸不屈を以て聞ゆ。幸に此を以て其胆気を試みんと、装薬して弾を発す、
轟然しとて声あり。時に重蔵障を開きて入り来り、硝煙朦朧たる中従容と
して曰く、君亦此器を愛するかと、破顔微笑す。平八郎其気宇の大に感じ
て曰く、爾り。偶借りて以て無聊を慰む、無礼の罪、咎められずんば幸甚
と。掌を ちて共に笑ふ。重蔵酒を命じて対酌し、襟を開きて快談す。曰
く、好下物あり、貴意に充つるや否やを知らずと雖も、以て饗すべしと。
小婢に命じて、一個の鍋を平八郎の前に置く。平八郎蓋を徹して之を見る
に、物あり蠢々として動く、熟視すれば何ぞ図らん泥亀の未だ死せざるな
り。平八郎呵々として笑ひ、左手に鼈を捉り、右手に笄刀を抜き、頚を断
ちて、迸る出る鮮血を吸ひ尽し、快味々々と叫ぶ。重蔵其精悍にして胆気
あるを愛し、胸臆を傾けて談論す。蓋し此時重蔵は齢已に五十に垂んとし、
氷山雪海の中に於て、鍛練を経たる大丈夫、鬚髪霜を添えて、世路の艱難
を閲し来るを示す。平八郎は尚年少気鋭、敢て之に屈下せざる壮士なり。
且酒酣にして耳熱し、談、国家の事に及べば、慷慨淋漓、舌端火を生ずる
の概あり。是に於て肝胆相照し、交を締したり。
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