Я[大塩の乱 資料館]Я
2012.7.2

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「大塩の乱関係論文集」目次


『綜合明治維新史 第1巻』(抄)

その14

田中惣五郎(1894〜1961)

千倉書房 1942

◇禁転載◇

  打毀し(2)管理人註
   

 この暴動によつて知られることは、これが飢饉のために食へぬまゝに止 むを得ず発生した自然的なものであることは、暴徒の対象が、主として米 穀商に注がれたことによつて知られる。しかし千住の伊勢屋を特に「打毀 し」の例外に置いたところに見て、この豪商と一般市民との間の平生の感 情が察せられ、決して激情的なものでなかつたことが確かであらう。それ にしても、わづか三日にして屏息しはじめたことは、五十人の暴徒の中に 何らの結束も聯関もなく、その打毀し方法も漸次強盗的なものに変つて、 一般市民の反感を買ふにいたつた為であらう。それにしても、この必然的 な暴発に対して、将軍のお膝元の江戸がこれを未発に抑止しえず、起つた 後も百余万の大都市江戸の吏が五千の暴徒を鎮圧しえず、為すに任せ、結 局市民の自制と、救助米の下附によつて事態を収めえたことに見て、天明 度の幕府の検察的無力さが察せられる。大塩の乱と好箇の取組である。そ していはゆる豪商といふものの社会的地位と、一般市民との関係等も、こ の一事の中に読みとることが出来るであらう。  なほ、この打毀しの特徴は、容易に他の地方に伝播しうることであつて、 商路を通じて一気に全国的に波及するためであり、地方に土着して、部分 的に蜂起する農民一揆とは、この点に多くの相違を生ずるのである。

   
 


『綜合明治維新史 第1巻』(抄)目次/その13

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