山田準『洗心洞箚記』(本文)293 Я[大塩の乱 資料館]Я
2011.2.19

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『洗心洞箚記』 (本文)

その293

山田 準訳註

岩波書店 1940 より



◇禁転載◇

下 巻訳者註

    ●たうせんあん              けう 一三八 湯潜菴先生曰く、「聖賢の義理は、五経四                   そな  書に載せられ、而て其の要は吾が身に具はる。も   もくぜんかくじんしんしゆう    す  し目前各人進修の実を舎てて、過を改め善に遷る             たと ●ちうそたいぜん  も   がうり  を以て務と為さずんば、縦ひ注疏大全を将て毫釐   べんせき      おのれ     かんせう              しゆ  を弁析するも、己と終に干渉なからん。聖学は首        おも     みづ   あざむ    こゝろよ  として誠意を重んず。自から欺き自ら慊くするは、   いんび どくち      ●かんしよう    も      けいせき  皆隠微独知の処に在つて勘証す。若し徒に形迹を   びほう           ●だてん  弥縫して、実に心地に在つて打点せずんば、即ち    がう  はたん          み うしろ かへり  外面毫も破綻なきも、総て是れ前を瞻後を顧み、 ●ぎしふ         ちから       くるし  きうきよう●きやうげん  義襲して取り、力を一生に苦め、究竟一郷愿と成      たい     たゞ            き  り、天に対し人に質す処に到つて、心中多少の愧   き             ちやくじつ         きうかうしん  あらん。我が輩着実に力を用ひて、必ず躬行心  とく        ぎ りせいぎ  くわんとう   がう ●しやうしゆう  得を期し、義利誠偽の関頭、一毫も将就して此の    ●こんくわ  日を混過すべからず。勉強之を久しうせば、必ず じゆんじゆく けいかい  純熟の景界あらん。陽明先生の良知を致すは、聖    しんみやく                ゆるがせ  学の真脈たり。各々之を致す所以の道を求めて忽           あ ゝ   たう   ●  にする勿れ」と。鳴呼、湯先生は理学の名儒なり、  其の言を信ぜずして誰をこれ信ぜんや。故に口に  良知を説くと雖も、之を致さずんば、則ち但に湯     そむ  先生に叛くのみにあらず、罪を王子に得ん。罪を      え        ●  王子に獲ば、則ち是れ亦た孔孟の罪人ならんのみ。   ●   凡百三十九條           守約書   湯潜菴先生曰、「聖賢義理、載於五経四書、   而其要具於吾身、若舎目前各人進修之実、   不以改過遷善為務、縦将注疏大全、弁   析毫釐、与己終無干渉、聖学首重誠意、   自欺自慊、皆在隠微独知処勘証、若徒弥縫   形迹、不実在心地打点、即外面毫無破   綻、総是瞻前顧後、義襲而取、苦力一生、   究竟成一郷愿、到対天質人処、心中多   少愧、我輩着実用力、必期躬行心得、義   利誠偽関頭、不可一毫将就混過此日、勉   強久之、必有純熟景界、陽明先生致良知、   為聖学真脈、各求所以致之之道勿忽也、」   鳴呼、湯先生理学之名儒矣、不信其言而誰   之信、故口雖説良知、不致之、則非但   叛湯先生、獲罪於王子矣、獲罪於王子、   則是亦孔孟之罪人也而已、     凡百三十九條          守約


●湯潜菴は斌、
清初の儒者、孫
夏峯に学び、陸
王学に心傾す、
前出。★218

●注疏大全。五
経注疏、四書大
全。

●勘証。しらべ
証明す。

●打点。打は助
字、点は、しら
べる。
●義襲。集義の
結果なる浩然の
気は、義もて襲
ひて、外部より
取り来るものに
あらずと孟子養
気章にあり、此
処では、義利を
触知の心に養ひ
立てず、外部よ
り取り来て装飾
するとの意。
●郷愿。論語に
も孟子にも見ゆ、
一郷の謹愿者と
して、他をごま
かし人からも信
用される、何処
にも有りがちな
偽君子。
●将就。不正の
まゝを助け成す
義。
●混過。不正を
掃ひ浄めずに、
一日を濁(混)
し過ごす。
●理学。理は天
理性理の理の字、
今日哲学といふ
如し。

●孔孟云々。王
子より孔孟に帰
し、孔孟の罪人
を以て此書を終
る。意義深し。

●凡百三十九條。
百三十八條の誤
か。


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