Я[大塩の乱 資料館]Я
2014.1.1

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「大塩の乱関係論文集」目次


「大塩平八郎」

その1

吉田一若

『吉田一若講演集』春江堂書店 1917 所収

◇禁転載◇

△大塩平八郎 (1)

管理人註
   

          おこなひ もとひ  仁と義は。 人の 行 の基なり。   なさけ  ひ と        めぐ   情は他人の為ならず。 廻り/\てわが身の為。   茲に大塩平八郎。   情の捌きの一席を。   記憶致せる筋道だけ。 読みたてまつる。  大阪天満の与力大塩平八郎、順慶町の煙草屋、相摸屋へ賊が入つたと いふ訴に依つて、早速手先きを連れて相摸屋へ出張、いろいろ賊の入つた           形跡を調べて、一と先ず役宅へ引き取つたが、賊の仕事は中々巧妙で、少   てがゝり しも証拠となるものがない為に、流石の平八郎もひどく苦心をした、相摸      かゝ 屋で盗難に罹つたといふのは、金子二百両及び将軍家へ献上すべき、上等                    ありか の煙草三函だ、何でも此の煙草から、賊の所在を探らねばならぬと考へた から、平八郎、大阪市内を廻りながら、夫れとなく心を配つてゐた、然る                               とほり に或る日の事、政蔵と云ふ手先を連れ、市中を廻つて今、江戸堀の通路へ              たんもの        うち さしかゝつて来ると、一軒の反物屋があつて、此の家の土蔵の塗り代へと          つち 見え、大勢の左官、土こね共が立ち働ひてゐる、其の中に年齢五十七八歳  おやぢ  かたわら          しき の老爺、傍の丸太へ腰を掛けて、頻りに煙草を吸ふてゐる、献上煙草の賊                            そば の事で苦心してゐる平八郎、フト煙草を吸ふてゐる、老爺の傍へ寄つて、 何気なしに其の匂ひを嗅いで見ると、労働者の老爺の、吸ふ品にしては勿         かほり 体ないほどの良い香の煙草だ。             うち              まんま  さては怪しいと、心の中に平八郎。 思ひましたか其の儘。   一町ばかり行き過ぎて。  手先の政蔵を振り返り。 『政蔵。』 『へエ。』    あそこ                            『今、彼所で、丸太へ腰をかけた土こねの老爺が吸ふてゐた煙草に気が注 いたか。』 いゝえ 『否』              『仕様がないな、手先でも為やうと云ふ男には、夫れ位の用心がなくては                   たばこ にほひ          しも/゛\ 駄目だぞ、只今、あの老爺の用ゐてゐた莨の香を嗅いだ所、下賤の者の口                              このあひだ にすべき煙草でない、誠に香の高い良い煙草だ、若しかすると、先日の相       てがゝり            かま 摸屋の一件の端緒でも得られるかも知れぬ、関はぬから貴様、あの老爺に             しやう 近づいて、今一度、煙草の性を確めてまゐれ。』        ござ 『へえ、宜しう厶います。』     わし 『では、私は番所へ帰つて待つてゐるから。』と、                      まんま  手先の政蔵に委細を含め。 平八郎は其の儘。   番所へと帰られる。  平八郎は番所で休憩しながら、暫時、待つてゐると、やがての事に政 蔵が大急ぎで帰つて来た。   『何うした、政蔵。』      あなた                       そば 『大塩様、貴所の仰る通りで厶います、あれから、私はあの老爺の側へ行 つて、旨く胡麻化して、此の通り少しあの煙草を盗んで参りました。』  ひど       どろぼう  あ げ               ● ● 『酷ひ事をするな、盗賊を検挙る手先が盗賊をするといふのはちと可笑し いな、まア良い、其れへ出して見せろ。』  政蔵が袂の底から取り出す煙草、平八郎かねて、手掛として相摸屋から                    すこし       おほひ 持つて来てある煙草と飲み比べてみると、少も相違ぬので、大に喜んだ。     たしか    あ            あ げ 『政蔵、確に、彼の老爺は怪しい、行つて検挙て来い。』 かしこ 『畏まりました。』  と此れから、政蔵、手先を二人連れて江戸堀へ来た、もう、日の暮で、        しま           しばらく              左官達も仕事を終つてゐる所、暫時、物蔭で様子を見てゐると、彼の老爺 も仕事を片附けて、道具箱を肩にして帰り出した。 『其れツ。』  と云ふので、三人が、四つ辻の所に待ちうけてゐて、其処へ来かゝつた       いきなり 彼の老爺を、突然右左から腕を取つて、捻ぢ上げやうとしたが、腕に覚え のある奴と見えて、右から掛つて来た手先の胸板をポンと突いて、左の手             うしろ     ● ● 先を払はうとした途端に、背後からヤツと云つて政蔵が組み附いて羽掻絞      としより                        しばらく め、流石、老年の事ですから、前後に三人の敵をうけては叶はない、寸時 いど 挑み合つてゐたが、遂に三人の手先で、老爺に縄を打つて了つた。

   


『大塩平八郎』目次/その2

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