Я[大塩の乱 資料館]Я
2014.1.2

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「大塩の乱関係論文集」目次


「大塩平八郎」

その2

吉田一若

『吉田一若講演集』春江堂書店 1917 所収

◇禁転載◇

△大塩平八郎 (2)

管理人註
   

『立てツ。』  と三人、左右に附き添つて、引き立てゝ来た平八郎の会所、待ち設けて                しらべ ゐた設けてゐた平八郎、直ぐに、調査に取り掛る。 『コレ、老爺、前へ出ろ。』                おやぢ  云はれて、不承不承、前へ出る老爺、ジツと平八郎が其の人相を見た。                                 おのづ 人間は大抵善人か悪人が人相で知れると云ふ。即ち思ひ内にあれば、色自 から外に現はれるものと見えます、平八郎、よく見ると、                             かみ 『コレ老爺、仔細あつて少しく取調べる、神妙に返事を致せ、上を偽るに                  いづ    すまゐ 於ては、其の方の為にならんぞ、当時何れに住居致し、名は何と申すか?』                 たなこ 『ヘエ、私は、靭仲通り家主嘉兵衛店子庄兵衛と申します。』 『何歳ぢや。』 『ヘエ、六十一歳になります。』 『其方は、ズツと以前から大坂に住んでゐるか。』                            いや ござ 『はい、以前は諸国を流浪致しましたが、年老つてからは旅も嫌で厶いま             すまゐ すから、三年前から大坂に住居致します。』 『左様か、コレ庄兵衛とやら、此の煙草入は其方のものであらうの。』 『ヘエ、私の煙草入で、腰にさして居りましたのを、最前手先の方々が無 理にお取り上げになりました、私は何の罪があつて、かように手荒い目に 会います事かと悲しくなりました次第で………此の年になりますが、正直 一遍の世渡り、まだ曲つた事は毛筋ほども致した事は厶いません。其れを 此のやうにお引き立てになりましたのは、何ういふわけで厶いませう。』  と。  態と声を曇らせて。  誠しやかに述べ立てる。   太い奴めと大塩は。  心の中に嘲笑ひ。 『コレ、庄兵衛、其の方に縄かけたは余の儀でない、其方は去る十三日の 夜、順慶町煙草屋相摸屋方へ忍び込み、金二百両、及び将軍家へ献上すべ         たばこ き、薩摩の特製の葉莨三函盗み出した覚えがあらう、有体に白状致せツ。』               と問ひ詰められた時に、彼の老爺。               そらうすぶ  色をも変へず、冷然と。 空嘯いて横眼でジロリ。   平八郎の顔打ち見やり。        ちかごろ                     か ね 『此れは、又、近来、迷惑なお尋ねで厶ります。私は賊を働くの、金子を 奪るのと、其のやうな太い曲つた了見は持ちません、はい、六十歳になる 此の年まで、曲つた事は露ほども身に覚え厶りません、お疑ひは御無体か と存じます。』 『然らば尋ねる、此の煙草入の煙草は何処で求めた。』             よみせ 『ハイ、夫れは、道頓堀の露店で求めました。』            わ か        う そ 『飽くまで、太い奴、分明り切つた虚言を並べる』           おほい  と、大塩、心の中で大に立腹したが、名判官と聞えを取る位の人だから、        こいつ        とて  らち  あ 色には出さん、此奴尋常に調べては迚も埒が開くまい、人の性はもと善な           い か      こつち るものと云ふから、如何な悪党でも此方から、慈悲を施し、情を掛けてお                う そ   つ  にく いて尋問すれば、人情として、虚言も吐き悪くなるだらうと、其処は流石 に才智のある人だから、考へ附いた。 『左様か、然らば、其の方、飽くまでも相摸屋へ忍び入つた覚えないと申 すのぢやな。』     おそ  なが                おぼえ 『ヘエ、乍れ偵ら何程お調べになりましても、身に記憶のない事、何処ま                 け ふ でも存知ません、六十になります今日迄、曲つた事は露ほども………』           わ か 『あゝ良い、宜い、了解つた、此れ老爺の縄を解いてやれ。』 『ハツ、解きましても差支へは………』  かま 『関わぬ、解いてやれ。』

   


『大塩平八郎』目次/その1/その3

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