Я[大塩の乱 資料館]Я
2014.1.3

玄関へ

「大塩の乱関係論文集」目次


「大塩平八郎」

その3

吉田一若

『吉田一若講演集』春江堂書店 1917 所収

◇禁転載◇

△大塩平八郎 (3)

管理人註
   

 おやぢ  老爺、心の中で喜んだ、手先が近よつて、縄を解いてやる。 『お役人様、何故、縄をお解きになりました。』     いひわけ     もつとも 『其方の弁解、一応 尤 だからぢや。』 『では、此の儘お許し下さりますか。』  いや 『否、まださうはならぬぞ、仮にも天下の役人、縄打つて連れ来つたる罪 人、証拠不十分にして云ひわけ十分に相立たぬ上は、放免するわけにはゆ       としより ことゆゑ かぬ、其方も老年の事故、さぞ苦しい事と思ふから、縄だけは許す、今少       きさま         ゆる し辛抱致せ、汝の無実が晴れた時は免し遣わすから、其方、最前、何歳と か申したのう。』       ござ 『六十一歳に厶ります。』       としとつ 『さて/\、老年て縄目の耻、其方、誠に罪なきものとすれば役目とは云                             わし ひながら、不憫な事を致す事になるわい、此れ老爺、必ず此の俺を恨んで                  と し     ち ゝ       も し 呉れるなよ、拙者にも其の方と同じ年齢頃の老父が一人ある、万一、父が こ       いさゝ                 いかゞ        そち 斯の通り、聊かの疑ひの為、縄附きになつたらば、如何であらうかと、汝 の身に引き比べて、思はず愚痴な心持になつた、コレ誰か此老爺に、手当 を致し遣わせ、まだ夕食も済まぬのであらうから、コレ老爺、欲しいもの があれば、遠慮なく申せ、役目は役目として、此の方一量見で宛がつて遣 わすから。』  と、  名智の大塩平八郎。    人情、義理の責め道具。                           用ゐて白状させんものと。 いたわりよすれば彼の老爺。         かしら       うつむ  流石に、少し頭を下げ、低首いてゐる様子、眺めた大塩。  仕てやつたりと心の中。 『然し庄兵衛とやら、悪盛んなる時は、天道是れに勝たず、人定まつて天                      のが 悪を制すといふ事がある、天命と云ふものは、遁れられぬものぢや、天網 は粗なれども、洩らさずと云ふ事がある、が、其方、知つておるか、先刻                      たとへ から尋ね問へども、身に覚えがないと云ふが、仮令、其方が如何ように隠 すとも、末には、遂に現われる、大丈夫だらう、まだ露見は為まいと思つ                 たとへ て、度々悪い事をしてゐたら、世の諺にも云ふ通り』               あこぎ  隠すより現るゝは無し。 阿漕が浦に曳く網も。   度重なれば、現はれにけり。  とても      をふ 『到底、隠し了せる者ではない、此処の道理を聞き分けて、是れ、親爺、                 い つ               てかず 其方身に覚へあらば、白状致せ、何時までも、お上にお手数をかけ、意地 を張るばかりが男ではあるまい、其れとも、飽くまで、剛情を張らば、拙                                   者も役目の手前、拷問、責め道具を用ゐても白状させんければならんが、 さきほど             としより 先刻も云ふ通り、拙者にも一人の老父がある、其方の身に思ひ比べ、他人 のやうな気はせぬ、如何にも責め道具を使ふに忍びん、コレ、老爺、拙者                           もと の申す事、会得致したなら、白状いたし呉れい、人の性は元善と云ふ、其 方に一片の善心があらば、考へ直して呉れぬか、コレ老爺、拙者が頼みぢや。』  と、                  こなた  涙を含み、情の説諭。  聞いた此方の庄兵衛が。   思はずハラ/\玉の露。              わ け   わ か          あなた 『アゝ、お前さんは、誠に道理の了解つた人だ、貴人見たいな立派 な方の手に掛つて、調べられたのは、悪党冥利、恐れ入りました、白状致 します。』  悪に、強いは善にも強い。 さしもの老爺も本心に。          はつきり   立ち返つたか、明白と。 云はれて大塩喜んだ。 『白状致すと申すのか。』 『恐れ乍ら、お役人様が手を下げて、白状致しくれぬかとのお頼み、何で           どうぞ 包み隠し致しませう、何卒お縄を頂戴致したい。』               うしろ  と悪びれもせず、かの老爺、背後へ手を廻す。           としより        ● ● ● ● 『神妙ぢや、縄打て、老年ぢや腰縄にして、いたわつて遣わせ。』  掛りの者が腰縄を打つ、  茲に初めつ彼の老爺。    相摸屋へ忍び込んだ一條から。   此れまて゜の悪事の顛末を。 残らず白状致しまする。            さば   名智の大塩、情けの捌き。  此れに預かる次第なり。

   
 


『大塩平八郎』目次/その2

「大塩の乱関係論文集」目次

玄関へ