Я[大塩の乱 資料館]Я
2001.3.31

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大塩の乱関係論文集目次


「大塩の乱と大阪天満宮」
その5

相蘇 一弘

『大阪天満宮史の研究 第2集』
(大阪天満宮史料室編 思文閣出版 1993) より


◇禁転載◇


    おわりに

 以上、大塩の乱が勃発した天保八年二月十九日の早朝から、火災が鎮火した二十日までの動きを中心に、被害を受けた側の立場から、彼らが目のあたりにした事件当日の実態、迫り来る火勢のなかでの対応とその後の処置、大阪天満宮の被害の実態と仮遷宮に至るまでの経過などについてみてきた。使用した史料が日記と言う他人が読むことを前提としない記録であるところから、そこには正確な叙述と偽りのない心情が吐露されており、これほどまで大塩の乱による市中混乱と困窮の実態が詳細にわかる史料は他に例がないと思われる。また日記と言う史料の性格から、本稿では自然に時間経過に従う展開になったが、そのためか一層鮮明に被害の状況や関係者の苦労がひしひしと筆者にも伝わって来た。同時にこの論考のなかでは、既述のように大塩の乱についてのいくつかの事実も判明した。多くの史料に見える大塩の建国寺=川崎東照宮攻撃や大阪天満宮の直接砲撃はなかった。これらの社寺は類焼であって、大塩によって意図的に焼かれたのではなかったのである (51)。このことによって当事者の記録と言う第一級の史料であっても、伝聞に基づく部分はそのまま信用してはならないこともわかった。

 「大塩は東照宮や建国寺、大阪天満宮などを攻撃対象としたか」というような問題は、大塩の乱全体のなかでは枝葉末節のことであるかもしれない。しかし、事件の全体像はこのような小さい史実の積み重ねから成り立っていることも事実であるし、この問題について言うならば考え方によっては大きな問題を孕んでいる可能性もあると思う。大塩の徳川家康や社寺(神仏)に対する考え方についての解釈、ひいては大塩の評価を変えることになるかも知れないからである。小さな間違いがそのまま生き続けるとすれば、結果的にその影響は大きくなると言わねばならないだろう。まだまだ乱について正すべき通説の誤りは多いものと思われる。

 大阪天満宮の関係者は罹災者のなかでは恵まれた人々であった。それでも火災による被害がいかにひどく、ためにどれほどの肉体的、心理的苦労を強いられたかは「此間夜々平寝もセぬ事故、心つかれ執筆もなりがたく」と記した功長の日記が如実に語っている。それでなくとも飢饉の最中である。二月の寒空に焼け出され、寝るところも、着る物も、食べる物も失った大方の大坂市民の困窮は大変なものであっただろう。家屋を失った被害者にしてみれば、直接攻撃をうけた火災であっても、類焼であっても家屋焼失と言う結果は同じことであり、大塩の乱が起きたことが財産を消滅させた原因である。これらを考えるとき『浪華騒擾紀事』の「大坂市中殊之外平八郎を貴ひ候由、甚しきハ焼たくられ候者迄少しも怨み不申」と言う記事が改めて重みを持って伝わってくるように思われるのである。このような状況のなかで、全くの焼野と化した大阪天満宮にたとえ仮殿とは言えわずか二ヶ月で社殿が建ったことは、関係者の努力もさることながら、『淀川両岸一覧』に「霊験あらたなれば四時に詣人間断なく、遠近より群集」とあるように、この社が江戸時代、いかに庶民から親しまれ、その信仰を集めていたかを物語るものであろう。

 「ヶ様な事ハ常\/思ひ出し、子々孫々\/至りても決乱ヲ不忘ト申事ヲ心得て居べし」と日記 (52) に記した功長は、乱から十二年後の嘉永二年(一八四九)二月九日の日記(阪大滋岡家文書No.144)に「今晩門あとへ彼悪党大塩平八郎十三回忌故、俗なる事ながら出火沙汰も心つかひ故、起番二人之上又壱人相加へ、今晩泊り番も二人と当番方へ申達候たり、右冬分春かけて烈風之時ハ泊番二人と申事、かねて申通し置候事」と記し、大塩の乱の教訓から毎年冬から春にかけての強風の夜は泊番を二人にして火災に備えたことがわかる。ただし、大塩の乱の起きた日は二月九日ではなく、十九日なのであるが。


【注】
(51) 幕府の公式発表や市井に出まわった被害状況を書き上げた一枚摺などには、焼失社寺のなかに川崎東照宮も建国寺の名前も出てこない。大塩の乱を「大火」としてしか報道を許さなかった幕府が意図的に行った措置であろうが、市販を許された焼失範囲を示す一枚摺には含まれており、一般には周知の事実であった。建国寺=川崎東照宮の焼失については既掲、助松屋の「毎日御用留」にも「川崎御宮も焼失、北向八幡宮御遷座」と記されている。
(52) 「滋岡日記」天保八年三月三日条(阪大滋岡家文書No.124)。


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「大塩平八郎挙兵余聞」その2
大塩焼け被害一覧


「大塩の乱と大阪天満宮」目次その4

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