朝中山氏の家来岡本戸太夫、加治忠左衛門、斎田善吾一同に来り、家
*
中扶持米乏しく必至と苦しみ候よし愁訴あり、是より先 公室一度な
らず、金穀を以て救ひ玉ひ、当時月々百五十人扶持を給はりてあれ共、
尚扶持米乏しきとの愁訴かぎりなきことなれども、家中今日にも飢に
及ぶべきよしにて、黙止しがたく、何れ執政へ申達せんよしを答ふ、
家宰等が望みは、百五十人扶持へ更に五十人扶持を玉はり弐百人扶持
になし玉へといはぬばかりに聞えたり、
○登殿、昨夜戸田氏へ親筆を賜はりたるを余に示さる、 親書の大意
は、過日の大阪騒動京師へも程近のことにて、不容易ことなり、 幕
府への御嫌疑だになからば、かしこくも御使を以て 主上の御機嫌御
伺ひ被遊度思召に候得共、御嫌疑もあることなれば、京都へさしをか
*
れ候御留守居役を以て御機嫌御伺ひ被遊候而は如何あるべきや、虎之
介等へ相談の上、執政へ談候へとの御事也、雖 身在 外云々の古訓に
被為叶拝見もあえず、落涙数行に及べり、
○今朝封事一通を上る、郡吏袴塚三衛門救荒の事にて遠路罷登りたる
事なれば、民間の事状、委曲に御側御用人を以て御尋ありたる上、御
菓子にても賜り候はんには、さぞ難有存すべきよしを申上げる、
|