Я[大塩の乱 資料館]Я
2010.2.13

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「丁 酉 日 録 (抄)」 その5

藤田東湖

『東湖全集』博文館 1909 より


◇禁転載◇

廿一日 雨丑寅風 又冷気綿入二つ位管理人註

朝中山氏の家来岡本戸太夫、加治忠左衛門、斎田善吾一同に来り、家                           * 中扶持米乏しく必至と苦しみ候よし愁訴あり、是より先 公室一度な らず、金穀を以て救ひ玉ひ、当時月々百五十人扶持を給はりてあれ共、 尚扶持米乏しきとの愁訴かぎりなきことなれども、家中今日にも飢に 及ぶべきよしにて、黙止しがたく、何れ執政へ申達せんよしを答ふ、 家宰等が望みは、百五十人扶持へ更に五十人扶持を玉はり弐百人扶持 になし玉へといはぬばかりに聞えたり、 ○登殿、昨夜戸田氏へ親筆を賜はりたるを余に示さる、 親書の大意 は、過日の大阪騒動京師へも程近のことにて、不容易ことなり、 幕 府への御嫌疑だになからば、かしこくも御使を以て 主上の御機嫌御 伺ひ被遊度思召に候得共、御嫌疑もあることなれば、京都へさしをか                              * れ候御留守居役を以て御機嫌御伺ひ被遊候而は如何あるべきや、虎之 介等へ相談の上、執政へ談候へとの御事也、雖身在外云々の古訓に 被為叶拝見もあえず、落涙数行に及べり、 ○今朝封事一通を上る、郡吏袴塚三衛門救荒の事にて遠路罷登りたる 事なれば、民間の事状、委曲に御側御用人を以て御尋ありたる上、御 菓子にても賜り候はんには、さぞ難有存すべきよしを申上げる、




公室。君主の
家
























虎之介。東湖
のこと


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