浅利九左衛門来る、徳操への忠告の事を謝する也、
○登殿執政鵜殿氏と同じく召されて、 御前へ出けるに御意には此間
中の不気候、当年も五穀如何あらんと苦心せり、先刻より椽側に出て、
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雲の行かふを見るに、去夏の如き空合なり、万一当年も不熟せば、何
を以てか士民を扶助せん、さらば、薩摩、細川、鍋島は何れも因みあ
る家々に而、近来我等一方ならず懇意する事なれば、この家々へ内々
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直書を遣し、万一当年不作ならば、糴を無心せんよしを申遣さんと存
るなり、又讃州は支封の事故、是へも申遣さんと思ふ、夏秋の様子存
之外に豊熟せば、断り申遣すはいと安し、この事両三日の中に評義し
て申聞よ、さて又去年以来世上不穏によつて、我等手元に而甲冑数十
領買得たり、此節は大阪騒動に而、武具の価俄に引上たるよし、され
ば又これをば暫く見合せ、このせつ塩硝并鉛を買入るゝ心得なり、政
府へ広く評義せば、例の通り、 幕府へ嫌疑ある抔と故障申立べし、
さればこの事は汝両人密々心得居候得との御事なり、よつて、西国諸
侯へ御直書の事は、評義の上、御請、然るべく塩硝等御買入の事、密
に奉畏ぬるよしを申上退きぬ、
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○退出、戸田氏を訪、頃刻談話、
○舎に帰れば、松岡の郡吏袴塚三衛門来り居れり、会津米買入の事、
昨十九日の便りに水府へ江府より申遣たるを水府に而は、未だ江府の
評義決せざる事よと便りの着を待兼、郡官より申立、三衛門をのぼせ
たるよし、一時余対談、民間の事情悉く詳に聞けり、我水戸救荒の政
近領の諸侯に比すれば、万々難有御事なれ共、窮郷僻村には、甚だ難
渋のものなきことを免れず、酸鼻にたえざる事いと多し、
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○京都川瀬七郎右衛門 来書、同人当月九日に大阪出帆、肥前に赴く
よし、湊村理兵衛、肥前佐賀より発せる書状、川瀬より達す、これを
見るに米八千石、肥前にて入たるよし、
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空合。空のよ
うす。空模様
糴。かいよね、
買い入れて蓄
えておく米
頃刻。しばら
くの時間
川瀬七郎右衛
門。水戸藩の
郡奉行。
『塩逆述』
巻之八之下
その6
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