Я[大塩の乱 資料館]Я
2010.3.3

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「丁 酉 日 録 (抄)」 その6

藤田東湖

『東湖全集』博文館 1909 より


◇禁転載◇

廿二日 朝陰 巳より未迄晴天、其後又陰管理人註

昨夜深更、山方運阿弥より一書来る、是は会津米買入の事、今日執政 へ演達の上、運阿弥へ会津の邸へ遣し役人の書簡を得て、袴塚に与へ、 是を得て会津へ赴かしめんとはからひたるに、その役人の書簡、夜に 入り来たるよしに而、運阿弥より達せる也、 ○いまだ枕に伏ざるに、水戸より同僚の書来る、上方より米積入来た                     * る船、浦賀を経ず、那珂港へ入たることを、浦賀奉行へ程能達し度と の旨也、 ○朝五ツ時前、袴塚三衛門来る、一書を裁して、水戸執政野中氏及び 同僚へ与ふ、昨夜運阿弥より達せる会津役人の書をも付してやりぬ、 三衛門、昨夜戸田氏へゆきたるに、 内命にて菓子を賜りたるよし、 かりそめの寓意の次次第をも御採用ありけるよと、心中に感佩し奉り ぬ、 ○登殿、雑務常の如し、 ○夜軽部平太左衛門来る、これは大阪より御買米の船一艘、浦賀を経 ず常陸沖へ乗入たるよし、浦賀の法に背きたるゆゑ、此度に限り見す みにはあるまじきやと、浦賀の奉行へ、御城付より内談に及びたれ共、 其所詮浦賀奉行の独断すべきことにあらざれば、其由執政を以て閣老               * へ達し、可然哉と幕府の奥右筆桑山某に問ければ、如何にも閣老へ御 達にて可然、され共浦賀奉行より種々の故障抔申出し上には、閣老の 議も容易に決すまじければ故障抔申出ず、一ト通りに伺ひ出候様、早 速某より浦賀奉行へ申遣し置べき也と答たるよしを語りき、 ○軽部帰後、執政より閣老へ達する書目を草し、子時就寝 翌々廿四 日朝、執政藤田氏松平伯州へ越て進達せり、














浦賀奉行の役
務は、江戸湾
に入る船舶の
監視・積荷の
検査


























桑山六左衛門か


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