昨夜深更、山方運阿弥より一書来る、是は会津米買入の事、今日執政
へ演達の上、運阿弥へ会津の邸へ遣し役人の書簡を得て、袴塚に与へ、
是を得て会津へ赴かしめんとはからひたるに、その役人の書簡、夜に
入り来たるよしに而、運阿弥より達せる也、
○いまだ枕に伏ざるに、水戸より同僚の書来る、上方より米積入来た
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る船、浦賀を経ず、那珂港へ入たることを、浦賀奉行へ程能達し度と
の旨也、
○朝五ツ時前、袴塚三衛門来る、一書を裁して、水戸執政野中氏及び
同僚へ与ふ、昨夜運阿弥より達せる会津役人の書をも付してやりぬ、
三衛門、昨夜戸田氏へゆきたるに、 内命にて菓子を賜りたるよし、
かりそめの寓意の次次第をも御採用ありけるよと、心中に感佩し奉り
ぬ、
○登殿、雑務常の如し、
○夜軽部平太左衛門来る、これは大阪より御買米の船一艘、浦賀を経
ず常陸沖へ乗入たるよし、浦賀の法に背きたるゆゑ、此度に限り見す
みにはあるまじきやと、浦賀の奉行へ、御城付より内談に及びたれ共、
其所詮浦賀奉行の独断すべきことにあらざれば、其由執政を以て閣老
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へ達し、可然哉と幕府の奥右筆桑山某に問ければ、如何にも閣老へ御
達にて可然、され共浦賀奉行より種々の故障抔申出し上には、閣老の
議も容易に決すまじければ故障抔申出ず、一ト通りに伺ひ出候様、早
速某より浦賀奉行へ申遣し置べき也と答たるよしを語りき、
○軽部帰後、執政より閣老へ達する書目を草し、子時就寝 翌々廿四
日朝、執政藤田氏松平伯州へ越て進達せり、
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浦賀奉行の役
務は、江戸湾
に入る船舶の
監視・積荷の
検査
桑山六左衛門か
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