中斎自ら実践窮行を務め、子弟を教導すること極めて厳なり、故に子弟の感化を受くること亦浅少なりとせず、中斎が乱をなすに当りて二三の之れに叛くものありしと雖も、多くは留まりて中斎と死生を共にすることを辞せざりしが如き、平素の薫陶に出づるものなくんばあらざるなり、洗心洞盟約書あり、云く、
聖賢の道を学んで以て人たらんと欲せば、則ち師弟の名、正さヾるべからざるなり、師弟の名正しからざれば、則ち不善醜行ありと雖も、誰れか敢てこれを禁ぜん、故に師弟の名誠に正しければ、則ち道其間に行はる、道行はれて善人君子出づ、然らば則ち名は間学の基なり、正さヾるべけんや、某固陋寡聞と雖も、一日の長を以て其責に任ずれば、則ち師の名を辞するを得ず、而して其名の壊るヽと壊れざるとは、大率下文条件の立つと立たざるとにあり、故に盟を入学の時に結び、以て予め其不善に流るヽの弊を防ぐ、
忠信を主として聖学の意を失ふべからず、若し俗習の為めに牽制せられて廃学荒業、以て奸細淫邪に陥らば、則ち其家の貧富に応じ、某告ぐる所の経史を購ひ、以て出ださしむ、其出だす所の経史、尽々く之れを塾生に附す、若し其本人にして出藍の後、各ゝ其心の欲する所に従はヾ可なり、
学の要は孝弟仁義を躬行するにあるのみ、故に小説及び異端、人を眩するの雑書を読むべからず、若し之れを犯さば、則ち少長となく、鞭若干、是れ即ち帝舜
を教刑となすの遺意にして某の創する所にあらざるなり、
毎日の業、経業を先んじて詩章を後にす、若し之れを逆施せば、鞭若干、
陰に交を俗輩悪人に締び、以て登樓縦酒等の放逸を許さず、若し一たび之れを犯せば、則ち廃学荒業の譴と同じ、
一宿中私に塾を出入するを許さず、若し某に請はずして以て擅に出
づれば、則ち之れを辞するに帰省を以てすと雖も、敢て其譴を赦さず鞭若干、
家事変故あらば則ち必ず諮詢す、之れに処するに道義あるを以ての
故なり、某人の陰私を聞んと欲するにあらざるなり、
喪祭嫁娶及び諸の吉凶、必ず某に告げ、与に其憂喜を同うす、
公罪を犯せば則ち族親と雖も掩護すること能はず、之れを官に告げ
て以て其処置に任ず、願くば們小心翼々、父母の憂を胎すること莫れ、
右数件忘るゝ勿れ、失ふ勿れ、此れ是盟を恤へよ
此れに由りて之れを観れば、中斎は盟約書に背くものあれば、長幼の別なく、鞭打を加へて之れを懲罰せり、其事たる今日より之れを見れば、厳酷に失するの嫌なきにあらざるも、亦当時の書生を鍛練するには効力ありしならん、若し夫れ最後の絛の公罪を犯せば云云の如きは、夫子自ら之れに背くに至れり、是れ亦自家撞着の甚しきものならずや、