Я[大塩の乱 資料館]Я
2003.4.13

玄関へ

大塩の乱関係史料集目次


『事 々 録』 (抄)

その34

三田村鳶魚校訂

 『未刊随筆百種 第6』米山堂 1927 収録

◇禁転載◇


天保八丁酉年

大阪の米、



浪花は大都会にして三ケ津の内に豪富の町人多く、金米の自用なるが故に、京師江都より常々米の価いやしき所也、又京師は三都の中には平日も米価尊く、江府は是に次く者也、

或日御塩噌月々之寄合に、京橋与力米津靭負が雑談に、此頃 或人の云、凡大坂市中拾万竈門にして一ケ所一日米三升宛とし、豪家より賤民に至らば其高下あるべきを、平均にし計て毎日其数三千石を喰ふ、然るに当時七千石宛日々に喰ふ、何が故に四千石の多きやと思ふに、余国は此大坂に価のいやしく米多ければ、米の儘にして余国へ行が故也とぞ、知らずさもある哉否、


『事々録』目次/その33/その35

大塩の乱関係史料集目次

玄関へ