Я[大塩の乱 資料館]Я
2013.9.6

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その11

香川蓬洲

精華堂書店 1912

◇禁転載◇

第三席 (1)

管理人註
   

 平八郎は元田哲次郎を見て。  『哲次郎、一寸此方へ来なさい』  『ハイ……』  と返事をしたが、気味が悪い、定めてお目玉を喰らふのだらうと思つ て、恐る/\平八郎の後に就いて行きますと。  『マア其処へ座りなさい』  『ハイ』    あちら  『彼方で何を云つて居たのだ』  『ハイ』  『ハイでは分らん、何を云つて居たのか』        『実は彼の竹上が事を申して居りましたので』               かたな  『万太郎が困窮の余りに、刀剣を典じたとか何とか申して居つたや うぢやが、お前は夫れを何うして知つて居るのか、何も隠すには及ばん、 委細の事を話しなさい、実は万太郎が久しく出て来ぬから、何うしたの かと案じて居たのだ』  『先生、実は斯様でございます、私の親共は御承知の通り医者でご ざいますから玉造の与力同心衆のお宅へは、大抵お出入を致して居りま す』  『ウム左様であらう』  『親共が此間、矢張御弓組の同心、村越一郎と云ふ人の処へ参りま                      おつかあ した節に、竹上の話しが出まして、万太郎殿は阿母の長々の煩ひや何や                    かたな らで、大きに窮困し、盆節季とかに重代の刀剣を、何とか云ふ刀剣屋へ 預けて、金を借入れたさうでございます、処が期限を過ぎても金を戻す 事は出来ず、また其処へ正月は来ると云ふので大きに苦しんで居られる との話しを村越で聞いて参つたのを、一寸私が受売りをした様な訳でご ざいます』              かし        ど こ  『左様か、其刀剣で金を貸たのは、何町の何と云ふ刀剣屋で、また 刀剣は誰の鍛えたものか、お前は聞かなかつたか』  『其辺は聞き洩らしましたが、親共は定めて存じて居りませう』  『夫れでは明日来る時に哲斎殿に能く聞いて来て呉れるやうに』    かしこ  『畏まりましてございます』                    そ ち  『併し哲次郎、万太郎も私の門人、其方とは朋友でないか、其友人 たる者が今日難渋をいたして居るのを、他人に吹聴するなどは甚だ宜し                      しやべ             かど くない、自体其方は男子のやうにもない、能く喋舌る、口は禍ひの門と               たしなむ 申す位であるから、今後はチト省慎が宜い』  『ハイ恐入りましてございます』  『明日は忘れぬやうに、今云つた事を哲斎老に、聞いて来て呉れる やうに』  『ハイ畏まりましてございます』

   


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