平八郎は元田哲次郎を見て。
平『哲次郎、一寸此方へ来なさい』
哲『ハイ……』
と返事をしたが、気味が悪い、定めてお目玉を喰らふのだらうと思つ
て、恐る/\平八郎の後に就いて行きますと。
平『マア其処へ座りなさい』
哲『ハイ』
あちら
平『彼方で何を云つて居たのだ』
哲『ハイ』
平『ハイでは分らん、何を云つて居たのか』
あ
哲『実は彼の竹上が事を申して居りましたので』
かたな
平『万太郎が困窮の余りに、刀剣を典じたとか何とか申して居つたや
うぢやが、お前は夫れを何うして知つて居るのか、何も隠すには及ばん、
委細の事を話しなさい、実は万太郎が久しく出て来ぬから、何うしたの
かと案じて居たのだ』
哲『先生、実は斯様でございます、私の親共は御承知の通り医者でご
ざいますから玉造の与力同心衆のお宅へは、大抵お出入を致して居りま
す』
平『ウム左様であらう』
哲『親共が此間、矢張御弓組の同心、村越一郎と云ふ人の処へ参りま
おつかあ
した節に、竹上の話しが出まして、万太郎殿は阿母の長々の煩ひや何や
かたな
らで、大きに窮困し、盆節季とかに重代の刀剣を、何とか云ふ刀剣屋へ
預けて、金を借入れたさうでございます、処が期限を過ぎても金を戻す
事は出来ず、また其処へ正月は来ると云ふので大きに苦しんで居られる
との話しを村越で聞いて参つたのを、一寸私が受売りをした様な訳でご
ざいます』
かし ど こ
平『左様か、其刀剣で金を貸たのは、何町の何と云ふ刀剣屋で、また
刀剣は誰の鍛えたものか、お前は聞かなかつたか』
哲『其辺は聞き洩らしましたが、親共は定めて存じて居りませう』
平『夫れでは明日来る時に哲斎殿に能く聞いて来て呉れるやうに』
かしこ
哲『畏まりましてございます』
そ ち
平『併し哲次郎、万太郎も私の門人、其方とは朋友でないか、其友人
たる者が今日難渋をいたして居るのを、他人に吹聴するなどは甚だ宜し
しやべ かど
くない、自体其方は男子のやうにもない、能く喋舌る、口は禍ひの門と
たしなむ
申す位であるから、今後はチト省慎が宜い』
哲『ハイ恐入りましてございます』
平『明日は忘れぬやうに、今云つた事を哲斎老に、聞いて来て呉れる
やうに』
哲『ハイ畏まりましてございます』
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