Я[大塩の乱 資料館]Я
2013.9.7

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その12

香川蓬洲

精華堂書店 1912

◇禁転載◇

第三席 (2)

管理人註
   

                           かたな  哲次郎、真赤な顔をして座を立去りました、何故平八郎が刀剣の銘と、 刀剣屋の名を尋ねたかと云ふと、両三日前に、同僚でございまして八田 衛門太郎と云ふ者から、或る刀剣屋から売物だと云つて、貞宗の刀剣を            かね 見せに参つたが、貴公は予て名刀を懇望して居られるから、買つては如 何かと云はれた事がある、其時に平八郎は、其売物の刀剣の以前の持主 は何者であつたかと八田に聞いて見た処が、姓名は詳しく云はないが、           なにがし 何でも玉造の同心で、某と云ふものゝ家に先祖から伝はつた品だと云ふ 事を聞きましたので、平八郎は其品物を八田の屋敷まで、一両日中に見 に行く事になつてあつたのでございます、処が今日図らずも門人元田哲 次郎の話しから、もしや八田が話した刀剣は、竹上の家に伝はつたる品 かも知れないと思つたからの事でございます、扨翌日になると哲次郎が 参りまして。  『先生、昨日宅へ帰りまして、親共へ委細の事を申しました処が、 また親共に大きな目玉を貰ひましてございます、貴様のやうな口の軽い            すくな 奴は無い、言葉多きは品尠しと云つて、言葉数の多い者に限つて碌な事 は仕出かさない、何故先生の処へ往つてそんな事を云つたのだと、叱り 飛ばされましてございます』             やか  『哲斎老の事だから、厳ましくは云はれたであらう』  『イヤどうも実に立腹をいたしました』      『而して昨日云つた事を、聞いて来て呉れたであらうな』  『ハイ夫れを聞きます為めに、私の饒舌つた事が知れましたやうな 訳で』  『哲斎老は何と云はれたか』  『刀剣屋は常盤町の三木屋半兵衛と申します者で、また刀剣は貞宗 だと申して居りました』  平八郎は貞宗だと聞いて、扨こそと思つたが、素知らぬ顔をして。                 なか/\  『左様か、其貞宗と云ふのは、却々容易に手に入る品ではない』  『親共も左様に申して居りました』  『哲斎老は日頃から刀剣を好まるゝから、能く承知であらうが、貞 宗と云ふのは五郎正宗の養子であるから名刀だ、其品を典物にするとは 怪しからぬ事ではあるが……』  と云て平八郎は嘆息をして居りました。

典物
(てんぶつ)
品物を質に
入れること




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