かたな
哲次郎、真赤な顔をして座を立去りました、何故平八郎が刀剣の銘と、
刀剣屋の名を尋ねたかと云ふと、両三日前に、同僚でございまして八田
衛門太郎と云ふ者から、或る刀剣屋から売物だと云つて、貞宗の刀剣を
かね
見せに参つたが、貴公は予て名刀を懇望して居られるから、買つては如
何かと云はれた事がある、其時に平八郎は、其売物の刀剣の以前の持主
は何者であつたかと八田に聞いて見た処が、姓名は詳しく云はないが、
なにがし
何でも玉造の同心で、某と云ふものゝ家に先祖から伝はつた品だと云ふ
事を聞きましたので、平八郎は其品物を八田の屋敷まで、一両日中に見
に行く事になつてあつたのでございます、処が今日図らずも門人元田哲
次郎の話しから、もしや八田が話した刀剣は、竹上の家に伝はつたる品
かも知れないと思つたからの事でございます、扨翌日になると哲次郎が
参りまして。
哲『先生、昨日宅へ帰りまして、親共へ委細の事を申しました処が、
また親共に大きな目玉を貰ひましてございます、貴様のやうな口の軽い
すくな
奴は無い、言葉多きは品尠しと云つて、言葉数の多い者に限つて碌な事
は仕出かさない、何故先生の処へ往つてそんな事を云つたのだと、叱り
飛ばされましてございます』
やか
平『哲斎老の事だから、厳ましくは云はれたであらう』
哲『イヤどうも実に立腹をいたしました』
そ
平『而して昨日云つた事を、聞いて来て呉れたであらうな』
哲『ハイ夫れを聞きます為めに、私の饒舌つた事が知れましたやうな
訳で』
平『哲斎老は何と云はれたか』
哲『刀剣屋は常盤町の三木屋半兵衛と申します者で、また刀剣は貞宗
だと申して居りました』
平八郎は貞宗だと聞いて、扨こそと思つたが、素知らぬ顔をして。
なか/\
平『左様か、其貞宗と云ふのは、却々容易に手に入る品ではない』
哲『親共も左様に申して居りました』
平『哲斎老は日頃から刀剣を好まるゝから、能く承知であらうが、貞
宗と云ふのは五郎正宗の養子であるから名刀だ、其品を典物にするとは
け
怪しからぬ事ではあるが……』
と云て平八郎は嘆息をして居りました。
|