かたな
扨大塩平八郎、八田衛門太郎が勧めた売物の刀剣が、門人竹上万太郎
の家に伝はつたる品と云ふ事が分りましたので、一応その品を見たく、
あたひ
価に依つては買取つて万太郎の手へ戻して遣らうと云ふ心から、八田の
やしき
邸宅へ出掛けて参りました、同僚なり、日頃懇意の間柄でございますか
ら、互に遠慮はない、平八郎の顔を見ると八田は。
八『ヤア、貴公も好きだな、例の刀剣を見に来られたのであらう、大
さ
方来られるだらうと思つたから、昨日刀剣屋へ然う云つて遣つて、早速
貞宗は拙者の片へ取寄せて、預かつて置いたのだ』
平『今日は拝見をして、価の都合で買取つても宜しいが、其刀剣屋と
云ふのは、三木半と云ふのでは無いか』
八『ヤア是れはどうも、貴公能く知つて居らるゝな、如何にも常盤町
の三木屋半兵衛だ、兎も角も御覧に入れやう、拙者などは目は利かぬ方
だが、何さま業物と思はれる』
衛門太郎は地袋戸棚の上に、風呂敷に包んで置いてありました刀箱を
持つて来まして、風呂敷を解き、箱のまゝ平八郎の前に差出しました。
平『ハゝア成程、拝見いたさう』
すゝ
平八郎は座を立つて椽先きに出で、手水鉢の傍に立寄つて口を灌ぎ、
も と
両手を洗ひ清めて以前の席に就き、刀箱の葢を取除けて、中から一刀を
取出しました、此刀剣を見るには法のあるものださうでございますが、
平八郎は素よりそんな事は心得て居ります、古実正しく取上げまして、
せつぱ はゞき ふちかしら つば めぬき
まづ切羽、鋩、縁頭、鍔、目貫、鞘の好みなども叮嚀に見まして後、鞘
さしうらさしおもて かないろ こと/゛\あらた
を払ふて中身の差裏差表、焼刃の塩梅から金色、匂ひに至るまで悉く検
はづ つか
め、目釘を外して柄を取つて、銘を調べますと、貞宗に相違ございませ
んから、また元々に納めまして。
平『成程、見事なものでござるな』
かな
八『御意に適つたかナ』
平『品物は気に入つても価が気に入らなければ相談が出来ないが三木
いくら
屋は幾許で手放すと云つて居るかナ』
八『拙者への話しでは二百金で手放すやうに申して居つたが』
平『二百両……貞宗の事だから、二百両は敢て高価でもなからうが、
此刀は今少し安くで買はれるであらうと思ふ』
八『ハゝア、此刀剣だから安く買はれると云ふのは妙だな、夫れはど
ういうものでか』
ど う
平『ナニ如何と云ふ事もないが、此刀剣は三木屋が抵当に取つて金を
貸したものと思ふ、シテ見ると三木屋が、そんなに大金を貸ては居るま
いと思ふ、是れが昨今持主から頼まれて、売に出したものなれば、兎も
角もぢやが、三木屋の奴は、余程儲ける了簡で居るに相違ない』
八『貴公は委しい事を知つて居らるゝやうだが、夫れでは何かへ、三
いは
木屋は此刀剣で金を貸して居つたのか、謂ば質流れで売らうと云ふのだ
ナ、そんな事は何にも云はず、拙者へは今度或所から斯ういふ出物が出
たから、買つて呉れないかと云つて居つたのだが、夫れでは貴公は、此
刀剣の以前の持主を御承知かな』
平『少し此方に心当りがあるので』
八『左様か、イヤ然ういふ事なら斯う致さう、三木屋を貴公の処へ差
ね
向けるから、半兵衛に直接に掛合つて、充分に直切つた上でお買取りに
なつたら宜からう』
平『では然ういふ事に致さうか、そんな事は云はずに、唯拙者が懇望
をして居るとだけ云つて、三木屋を寄越して下さるやうに』
八『承知いたした』
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