Я[大塩の乱 資料館]Я
2013.9.8

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その13

香川蓬洲

精華堂書店 1912

◇禁転載◇

第三席 (3)

管理人註
   

                     かたな  扨大塩平八郎、八田衛門太郎が勧めた売物の刀剣が、門人竹上万太郎 の家に伝はつたる品と云ふ事が分りましたので、一応その品を見たく、 あたひ 価に依つては買取つて万太郎の手へ戻して遣らうと云ふ心から、八田の やしき 邸宅へ出掛けて参りました、同僚なり、日頃懇意の間柄でございますか ら、互に遠慮はない、平八郎の顔を見ると八田は。  『ヤア、貴公も好きだな、例の刀剣を見に来られたのであらう、大                       方来られるだらうと思つたから、昨日刀剣屋へ然う云つて遣つて、早速 貞宗は拙者の片へ取寄せて、預かつて置いたのだ』  平『今日は拝見をして、価の都合で買取つても宜しいが、其刀剣屋と 云ふのは、三木半と云ふのでは無いか』  『ヤア是れはどうも、貴公能く知つて居らるゝな、如何にも常盤町 の三木屋半兵衛だ、兎も角も御覧に入れやう、拙者などは目は利かぬ方 だが、何さま業物と思はれる』  衛門太郎は地袋戸棚の上に、風呂敷に包んで置いてありました刀箱を 持つて来まして、風呂敷を解き、箱のまゝ平八郎の前に差出しました。  『ハゝア成程、拝見いたさう』                              すゝ  平八郎は座を立つて椽先きに出で、手水鉢の傍に立寄つて口を灌ぎ、          も と 両手を洗ひ清めて以前の席に就き、刀箱の葢を取除けて、中から一刀を 取出しました、此刀剣を見るには法のあるものださうでございますが、 平八郎は素よりそんな事は心得て居ります、古実正しく取上げまして、   せつぱ  はゞき ふちかしら つば  めぬき まづ切羽、鋩、縁頭、鍔、目貫、鞘の好みなども叮嚀に見まして後、鞘        さしうらさしおもて       かないろ        こと/゛\あらた を払ふて中身の差裏差表、焼刃の塩梅から金色、匂ひに至るまで悉く検      はづ   つか め、目釘を外して柄を取つて、銘を調べますと、貞宗に相違ございませ んから、また元々に納めまして。  『成程、見事なものでござるな』       かな  『御意に適つたかナ』  『品物は気に入つても価が気に入らなければ相談が出来ないが三木   いくら 屋は幾許で手放すと云つて居るかナ』  『拙者への話しでは二百金で手放すやうに申して居つたが』  『二百両……貞宗の事だから、二百両は敢て高価でもなからうが、 此刀は今少し安くで買はれるであらうと思ふ』  『ハゝア、此刀剣だから安く買はれると云ふのは妙だな、夫れはど ういうものでか』       ど う  『ナニ如何と云ふ事もないが、此刀剣は三木屋が抵当に取つて金を 貸したものと思ふ、シテ見ると三木屋が、そんなに大金を貸ては居るま いと思ふ、是れが昨今持主から頼まれて、売に出したものなれば、兎も 角もぢやが、三木屋の奴は、余程儲ける了簡で居るに相違ない』  『貴公は委しい事を知つて居らるゝやうだが、夫れでは何かへ、三                   いは 木屋は此刀剣で金を貸して居つたのか、謂ば質流れで売らうと云ふのだ ナ、そんな事は何にも云はず、拙者へは今度或所から斯ういふ出物が出 たから、買つて呉れないかと云つて居つたのだが、夫れでは貴公は、此 刀剣の以前の持主を御承知かな』  『少し此方に心当りがあるので』  『左様か、イヤ然ういふ事なら斯う致さう、三木屋を貴公の処へ差                       向けるから、半兵衛に直接に掛合つて、充分に直切つた上でお買取りに なつたら宜からう』  『では然ういふ事に致さうか、そんな事は云はずに、唯拙者が懇望 をして居るとだけ云つて、三木屋を寄越して下さるやうに』  『承知いたした』

   



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