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と是れから八田は抹茶が好きでございますから、平八郎を茶席へ案内
すゝ
をいたし、衛門太郎は自ら茶を点てゝ平八郎に侑めて居ります処へ、取
次ぎの者が参りまして、
△『旦那様申上ます』
八『何ぢやナ』
お み え
△『谷村様が御入来になりましてございます』
八『林家の谷村さんか』
平八郎は。
平『御来人ならばお構ひなく』
ごじん
八『イエ貴公も満更見知らぬ御人ではない、林大学頭殿の用人、谷村
あ
幸之進殿が来られたのでござる、彼の人も茶は好き道だから、此処へお
通し申さう、併し大塩氏貴公御差支へでもあるかな』
平『イヤ拙者は差支へも何もござらぬが、何かまた御用件の話しでも
あれば、遠慮した方が』
八『ナニ、実は一寸相談を受けた事もござるが、夫れに就いて貴公へ
てう
もまた御相談ござるから、恰ど幸ひだ……コレ/\谷村さんに来人はご
さしあ どうぞこちら
ざるが、差合ひの無い客であるから、何卒此方へお通り下さいと云つて、
こ ゝ
此室へご案内をしろ』
林大学頭と云ふのは、将軍家の御儒者衆で、御知行は三千五百石の旗
本石の旗本でございます、其林家の用人谷村幸之進は、此の頃主人大学
はる/゛\
頭の家政の事に就て、遥々江戸表から大阪に参りまして、逗留中でござ
います、今取次の者が立て行きますと、間もなく谷村幸之進が案内に連
れて茶席に通りますと、八田衛門太郎は。
衛『サアずつと御席へ』
幸『御免を蒙る』
と席に就きますと、平八郎も。
平『谷村氏、一別以来御健勝で』
幸『これは大塩氏でござるか、誠に其後は打絶えて御意申さんが、い
つも御壮健でござるな』
すゝ
互に挨拶も済み、衛門太郎は茶を点てゝ、両人に侑めて居りましたが。
衛『谷村さん、此大塩と拙者は別懇の間柄で、何事も隔意なく相談を
する中でござるから、例のお話しなれば、御遠慮なく仰せられるやうに』
か
幸『夫れではお話しを致しませう、実は彼の事に就いて、江戸表より
こんてうてがみ ど う
今朝書状が届きました、夫れゆえに斯うして参つたやうな次第、如何で
ござらうな、貴公はお役柄であるから、町人共へお話し下さらば、整ふ
であらうかとも存ずるので……』
平八郎は傍に居て何の話しかは解りませんが、自分が居ては却つて差
合にならうかと推察しましたから。
いとま
平『失礼だが拙者はモウお暇をいたさう』
衛『アゝ大塩氏、一寸帰るのを待つて下され、実は少々貴公に相談が
ほか
ある、と云ふのは外でもない、今聞かるゝ通り、此谷村さんから頼まれ
た事がある、夫れは何かと云ふと大学頭様には、今度御家政を改革なさ
るに就いて、是非金子がお入用なので、此大阪で是非千両は調達したい
と谷村さんから御相談、どうも唯千両と云ふ大金を調達すると云ふ事は
いつ
甚だ困難であるから、寧そ千両の頼母子講を組立てはどうであらうかと
の御相談、拙者も夫れが宜からうと存じたが、夫れにしても其講に加入
する者と云へば、町人共でなければならぬが、貴公は如何思はつしやる』
幸『当家の主人なり、貴公は御役ネの事だから、然るべき町人共へ頭
から、ウンと云はせてお貰ひ申したく存ずるが、如何でござらうかな』
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相蘇一弘
「大塩の林家調金
をめぐって」
差合
差支え
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