平八郎が二百両の金を借りやうとするのは、何に使ふのかと云ふと、
あか
彼の貞宗の刀剣に金が要るからの事だが、夫れとは明して孝右衛門へは
申しません、何故夫れを云はぬのかと云ふと、竹上万太郎と云ふ者は、
白井孝右衛門とは縁者でございますから、其縁者の万太郎の為めに、刀
剣を買ふのだとは云はれない、そんな事を云へば、孝右衛門は、気の毒
き
がつて金も貸もしませうが、夫れでは恩を被せるやうであるから。唯自
分の手許の必要に迫つた事にして頼みました。
孝右衛門に於きましては、日頃から、平八郎を師として深く信用して
居ります上に有福に暮して居りますから、二百や三百の金を貸す事は、
何とも思つて居りませんから。
い
孝『夫れではお使ひなさい、持つて帰るのも実は重くて可けないので
すから』
と云つて三百両と二百両、都合五百両の金を平八郎に渡して、守口村
あと うち
へ立帰りました、其後で其日の中に橋本忠兵衛からも、木村司馬之助か
らも三百両宛持つて参りましたから、是れに百両を足しまして都合千両
いで
を千両箱に収め、其翌日は常よりも早く起き出ました、林の用人、谷村
幸之進の来るのを待つて居りました。
ぼく
扨谷村幸之進に於きましては、翌日は約束通り二人の僕を連れまして、
わかとう
天満の大塩平八郎の屋敷へ出掛けて見ると、玄関には大塩の若徒と学生
すぐ
二人が出迎へて居りまして、直に客の間へ案内をいたしました、幸之進
は座に就きますと、平八郎は袴羽織で出てまゐり。
よ
平『是れは是は、能くぞお出で下された、コレ/\、お茶を差上げい』
と云ふと茶を運び出す、尤も年末の事でございますから、火鉢などに
は火も沢山入れてあります、幸之進は叮嚀に挨拶をしながら屋敷の様子
を見ると、八田の屋敷のやうに、飾り立てゝ派手にはしてございません、
至極質素ではございますが、掃除万端は行届いてあるから、清潔で心持
が宜い。
平『昨日お約束をして立帰り、早速調達に取掛りましたる処、幸ひに
どうぞ
金子が整ひましてございます、何卒お持帰り下さるやう』
と云つて手を鳴しますと、学生の一人が出て参りました。
平『居間にある金子の箱を持つて参れ』
△『ハア』
と云つて立つて行きましたが、直ぐに二人して持つて参つたのが千両
箱。
平『其処へ置いて行きなさい』
二人『ハア』
ふところ
千両箱を平八郎の側へ置いて行きますと、懐中から鍵を取出して錠を
開け、葢を開きまして金子を一包づゝ取出して、其処に並べまして。
あらた
平『谷村氏、都合千両でございますからお検め下さい』
かたじ
幸『早速に御調達下され、誠に辱けなく存じまする、主人に於ても満
足仕るでございませう』
か ね あらた
と金子包を検めると、五十両包で二十個、此五十両包と云ふは、一分
銀廿五両を切餅のやうに、キツチリと包んだものを二ツ合したのでござ
います、一包づゝの封を切つて中を検めなどはいたしません、大塩平八
郎が調達をする金だから大丈夫でございます。
たしか
幸『確実に金千両受取りました、即ち仮の証書を持参いたしてござる
から』
と云つて幸之進は懐中から、一通の証文を取出して平八郎に渡し。
幸『いづれ江戸表へ立帰りましたる上、更にまた本証書と認め、大学
頭調印の上其仮証文とお引換へ仕つるでござる』
と云つて金子を箱に収め、平八郎より鍵を受取つて錠を下し、鍵を紙
入れに収めますと、平八郎は。
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