Я[大塩の乱 資料館]Я
2013.9.13

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その18

香川蓬洲

精華堂書店 1912

◇禁転載◇

第四席 (3)

管理人註
   

 『扨谷村氏、折角の御光来、拙者も何がな大学頭様へ、御手土産を 献上いたし度いと存じまするが、御道中お荷物になるのも御迷惑と存ず     ごぜん        いさゝ るから、御前へのお土産として聊か御聞に入れるものがござる』  と云ひましたから、谷村幸之進は何であらうかと思つた、マサカ蓄音 機の浪花節でもあるまい……其時分に蓄音機なんてへものはありやアし ません、谷村幸之進、何であるかと思つて居ると平八郎は。      いづ  『ソレ孰れも』                                  と声を掛けますと、隔ての襖を左右に開く者がある、すると次の一室 には十五名ばかりの学生が、いづれも木綿の紋附に袴を着けて居並んで をり                  居ましたが、谷村幸之進に向つて一礼を為し、後素先生の下知を待つて 居る、平八郎は。               このところ  『林大学頭様へのお土産、此処に於て予て教へ置いたる処の、経書 を暗誦してお聞きに達するのぢや』  と未だ言葉も了らざるに一同の者は、声を揃へ一言一句淀みもなく、 朗々と経文を暗誦したのには、谷村幸之進も感服しました。  『イヤどうも貴公の御丹精、門人衆の勉強の程、恐れ入つたもので ござる、主人大学頭へ何よりの土産、帰府の上、委細申し上げなば、主       さぞ 人に於いても嘸や喜ばるゝでございませう』   ひたすら                     ぼく  と只管感心をして、谷村幸之進には、千両箱を二人の僕に持せて旅宿                      のち に立帰りました、扨此金子に対する証文は、其後平八郎一人の名儀には いたさず、白井孝右衛門、橋本忠兵衛、また木村司馬之助等に宛、証文 の表は林家の家来二三名の連署調印、林大学頭には裏印をいたし、三ケ 年の割戻しの証書を送つて、以前の仮証文と引替へました。   斯ういふ事から、谷村幸之進も、大塩平八郎を敬慕の念を起し、其の 後の文通にも帰府の上、主人大学頭へ、貴殿が此度の厚意を申上げたる 処、金子調達に就ての尽力は素よりの事なれども、土産として学生の経 文の暗誦に至つては、此上もなく賞讃せられたりとの事を認めて送りま したので、大塩平八郎も満足して居りました、此時には別に平八郎も野         のち 心はなかつたが、後に至りまして此事が、少しくお話しの一端に相成ま する。

   


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